とはいうものの、「自分と同じ思いをしてる人の力になる」って具体的にどうすればいいんだろう?何をすればいいんだろう?
すぐ思いついたのがキャリアカウンセラー(産業カウンセラーともいう)心療カウンセラーなどというケアを学ぶこと。
これは早速、取得した人に学校選びから相談にのってもらってます。
もう一つは、働く女性としてのキャリアを積むこと。
これが結構難しい。ただExcelができる、~の経験がある。など、時間を積めば習得できるものではないという事。
そして、働いている職種や業種とも関係がなく、グローバルであるという事。
柔軟な発想とフットワークが必要であるということ。

そう考えると、まだまだ私にはやらなきゃいけない事があるようだ。
あ~、結構タイヘンだぁあせる

休職から復帰した後も、楽ではありませんでした。

休職したことで「あいつは精神力がない」などと言われているのではないか?

そんなことを思い、それはそれで辛かった。

その思いがまた自分自信の評価を過少評価する原因にもなりました。

しかし、新たな思いが芽生えはじめました。


「私と同じ思いをしている人の力になりたい」


自分がどうなりたいか、私のライフプランのなかのひとつに小さく記録されました。

とは、いうものの現状の私の業務量は変わらず、そのためのに新たに動き出すこともとくにはせずに、現在まで至っています。


そんな中、上司からいわれた「お前はどうなりたいんだ?」

過去の恐怖から、行動へ移せない私の弱い心に響きました。


私は、

「働く若い女性の気持ちのわかる、働く若い女性の話し相手・相談相手になりたい」

そのために、今身をもって

「働く若い女性の一人として、苦しい中で自分の力でそれを超えて自信をつけたい。(自分の経験をケーススタディのひとつにしたい)」

だから

「今、私はこの仕事を続けたい」

2007年1月、これが私の答えです。

会社を休むことになったはじめの3日間は、今までの睡眠を取り戻すかのように死んだように眠りました。

4日目からは、薬の副作用か激しい嫌悪感にさいなまれ、体が重く、トイレにいくのも這っていくようになりました。

(私に処方された鬱の薬は、強いものらしく、体質に合わない場合は逆に鬱の症状が強く出るということでした)

(→その後鬱の薬は先生に相談し、服用を中止しました)


1週間くらいすると、やることもなく、仕事のことが気になるようになりました。

会社にいる友達にメールをした状況を確認しながら、詫びたりしていました。

そのうち、上司から電話が入るようになり「○○はどうすればいいんだ?」「○×はどこにあるの?」などと問い合わせを受けるようになりました。

自宅から取引先に電話をし、在宅で仕事をするようになりました。

そんな自分をすこし誇らしくおもったいる自分がいました。

(当然、お医者さんにはそのことは黙っていました)


そして、仕事がしたい

そう思いました。


泣きながら、病院を教えて欲しいと訴えてきた私の事態の深刻さを察知した友達は

都内にある事業所から飛んできてくれました。

とりあえず、彼女の提案で上司に電話し、明日の打合せを翌日に延期させて欲しいということと、明日の午前中に病院に行貸せて欲しいことを電話で伝えました。

「明日になれば、薬がもらえて楽になる」

その安心感から、その日は久しぶりに眠ることができました。


病院に行くと、私と同じ年代の女性が2人ほどロビーで待っていました。

裏原系か?と思うようなチグハグなコーディネートをした女性はずっとノートPCに向かってぶつぶつ何かを言っていました。(この女性はこの後、私が病院に行く度に必ずいました)

もう一人は、グレーのスーツを来た営業職らしい女の人で、ずっと携帯をいじっていて2~3分おきくらいに電話をするために外へ出て行っていました。

私はすることもなく、目を閉じていました。


中に通され、先生に今の状況をざっくりと話しました。

不満をダーと訴えるかと思っていたのですが、冷静な私に自分でも驚きました。

しかし、先生がだした診断は「1ヶ月以上の休職」でした。

聞くところによると、「適応障害」というものらしくかなり重度なものだと言うことでした。

先生は3ヶ月は休んで欲しいということでしたが、私の強い希望により、とりあえず2週間の休職ということで診断書を書いてもらいました。


会社に帰り、上司と話をし、翌週から2週間会社を休むことにしました。

「2週間が限界だ。それ以上休まれると困る」

なんて奴だ・・・・

そう思いながら、2週間でも私がいない間、どんなに大変か思い知らせるにはいい機会だ(私も業務の状況を考えると2週間以上は休めないと思っていました)と、ほっとしました。


私は去年、2週間ほど会社を休みました。

25時を超える残業が度々続きました。上司への企画提出準備です。

準備しても、準備しても不安でした。

「ここの数字はどうしてこうなるんだ?」「この他の選択肢はないのか?」「何で、これがいいと思うのか?」

今思えば、上司は私に自分の考えを自分の言葉で人を説得させることを求めていたのかも知れません。

けど、その時の私は、上司に怒られないためにひたすら資料をかき集め、膨大な資料を前にわけがわからなくなっていました。

こんなの一生懸命やっているのに、どうして認めてくれないのだろう?

その思いの中、怒られることに対する不満と、自分の能力に対する自信がどんどん落ちていき

「死にたい」

そう思うようになりました。

上司との打合せは毎回3時間を越えました。

いつしか、上司の顔を見るだけで涙が出てきて、泣いてしまう自分が悔しくて、惨めで、頑張った自分を守れない自分が情けなくなりました。

会社で泣くことがタブーなことはよくわかっています。

泣いてしまうことで、自分がやったことが評価されなくなる原因になることもわかっています。

けど、涙が勝手に出てくるのです。

抑えようとすると、抑えようとするほど、涙がでて、頭が痛くなり、手先が振るえ、言葉がうまく話せなくなります

家に帰っても不安で眠れません

自宅のノートパソコンに向かい、会社から持ち出した仕事をします。

寝れば寝たで、飛行機が落ちる夢や、電車が脱線する夢高速バスが事故で炎上する夢をみて、未明に何度も何度も目を覚まします

「死んで、上司に思い知らせたい」

いつしかそう思うようになりました。


そんな日が3ヶ月くらい続き、会社でひとり残業していたとき(次の日も上司との打合せでした)

「あっ、来る!!」と思ったのです。

あわてて、インターネットで「心療内科」を調べました。

自分が理性を失いそうな瞬間がわかったのです。

今まで、病院は心が弱い人間が行くものだ。と思っていました。

誰にでも悩みはある。それを病院にいったとき、もっともらしい病名をつけられ、その病名を笠にする奴は卑怯者だ。

そう思っていました。

けど、その瞬間は迷わず病院を探しました。

もう、私を救えるのは、病院や薬でしかないと思ったのです。

精神安定剤を処方してもらわなければ、「私は今日、確実に死ぬ」そう思ったのでした。

しかし、そんな時間に開いている病院などはなく、泣きながら人事で労務を担当している友達に電話しました。