古時計

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パパの実家には振り子時計があります。


絵本の「ねないこだれだ」の中に、「とけいがなります。ボーンボーンボーン・・・」という言葉と、振り子時計の絵があるのですが、その絵本を読むようになってから、アイちゃんはアナログ時計にしきりに反応します。


ましてや、パパ実家にあるのは本物の振り子時計。

最初は「!」となってパパや私にひっしとしがみついたものですが、最近はどうも慣れ切ってしまったようで、時計が鳴っていても無視。

アイちゃんに「ホラ、時計がなってるよ」と話しかけても「ああ、そういえばそうね」てな感じ。




パパの実家までは車で20分ほどの距離。


月に2,3回は用事にかこつけて家まで出向き、夕食を御馳走になっています。

うちの食卓にはあがってこないような食事なので私は結構楽しみにしています。

向こうもアイちゃんが来るのを楽しみにしてくれているよう。


我が家にはない炬燵があるので、アイちゃんに「よい日本の冬」を味わってもらっています。

自分でちょこんと座って足を中に入れているアイちゃん。まず間違いなくかわいい。




最近、月に1回くらい外で仕事をする機会があるので、パパの実家にアイちゃんを預けています。

仕事は午前中(2,3時間)で終わってしまうので、お昼ご飯を一緒に食べて帰ってきます。


一番最初に預けた時はさすがに泣いていたようですが、最近は大人になったのか、家や祖父母を覚えたせいか、私が去った後も3人(祖父母とアイちゃん)で楽しく遊んでいるようです。


私が家を出るときは、テレビやおもちゃに夢中になっている隙にそっと出てきます。

もうちょっと慣れたら、堂々と「バイバイ」をしてみようかな?


私が出て行ったあと、時々ふっと思い出したように玄関の方を見たり、指さしたり、玄関まで出向いたりしているようですが、近所の公園まで遊びに行ったりしているうちにまたご機嫌になるようです。近所の公園には、アイちゃんの好きなちょうどよいサイズの滑り台があるのです。





アイちゃんを産むまでは、私はパパの家族に対して距離を感じていました。

私自身、彼らが好きではありませんでした。

考え方も価値観も違う。

でも、結局その根底にあったのは、私とパパとの結婚までのいきさつにあったのでした。

私は自分の行いに負い目を感じていたのです。

だからこそ、相手が私に対してどう思っているのかを必要以上に気にして、考えなくてもよいことまで勝手に悪い方へ考え、そして勝手に反発していたのです。


私は自分の家族が好きです。

ですが、自分の家族にも、よい面と悪い面があるのです。

悪い面は「切っても切れない関係」という、自分の力ではどうすることもできない力によって無理やり肯定していたのです。



今になって思えば、

パパの家族にはあって、私の家族にはない、とてもよい面があるのです。

もちろん、その逆も当然あります。



昔、パパの家族や、元奥さまの家族に対しての無理解をパパに語ったことがありました。

今考えればとんでもない失礼なことですが、当時は自分の考えが絶対、などとおごっていました。

(それは今でもあるけれど(爆)


そしたらパパはこんなことを言っていました。


「それぞれの家族の形があるから」


だから、たとえ傍から見たら理解できないことでも、家族には家族にしか分かり合えないことがある、と。





当時はそんな素敵な意見にも否定的でしたが、今ならちょっとは理解できる気がする。




そういっている今日も、夕御飯を御馳走になってきました。

そういうところではちゃっかり子供面な私たち。





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