
一昨日まで普通に買えたのに…。
断水状態の時は水道水を待ち望み、その水道水がもはや汚染物扱い。
便利な生活がもたらしたその代償は大きすぎたのかもしれません。
そして、日本はこんなに脆いものなのか…と、感じてしまいました。
当たり前の便利さに囲まれ、なに不自由なく生まれ育った環境。
何かひとつが失われた時、生活そのものに大きな影響を及ぼしてしまいます。
ここ二週間ほど、職場まで徒歩で通勤しています。
今まで気付かなかった近道を発見したりしました

車では通れない道です。
その道を通ると、車より早く職場に行くことが出来ました

数年間、知らなかった道です。
車の方が楽だし、寒くないし、遅刻しそうになってもアクセルを踏み込めば間に合います。
歩きだと疲れるし、せっかくセットした髪もぐちゃぐちゃになるし、荷物は重たいし、遅刻しそうになったら直線ダッシュしなきゃいけません。
でも、二酸化炭素は排出しません。
健康にも良いです。
けれど、ガソリンスタンドが正常化したらきっとまた車で通勤します。
理屈では分かっています。
でも、一度覚えてしまった「豊かさ」を捨てきることが出来ません。
だから失うことに不安やストレスを感じてしまうのでしょう。
本当の「豊かさ」ではないのかもしれません。
なくてはならないもの。
あればいいもの。
「豊かさ」が生活を形成していること自体が、なくてはならないものになっています。
そしてその「豊かさ」に振り回されている自分がいることも事実なんです。