戦国時代、尼子氏に仕えていた『山中鹿之介』という武将がいる。
その武将にはある有名な逸話が残っている。
彼の仕えていた、主家の尼子氏は毛利氏によって滅ぼされてしまった。
主家再興を計り、宿敵の毛利氏を討つ為に『山中鹿之介』はいつも神様にこう祈っていたと云う。
『われに七難八苦を与えたまえ…』
神様に祈る願いと言えば、普通は『プラス』な事である。
しかし、山中鹿之介は敢えて「七難八苦」という『マイナス』な祈りを捧げた。
当時の『毛利氏』は破竹の勢いで中国地方を制覇していった強豪である。
一方で、山中鹿之介が仕えていた『尼子氏』はもはや残党を残すのみで、虫の息程度であった。
『毛利氏』を討つことは不可能に近い事である。
山中鹿之介も、当時の毛利氏の勢いを知っているわけであるから、その事は分かっていたはずである。
しかし『七難八苦』というネガティブな願いを神様に祈った。
人は『可能性』を信じることで、あきらめない気持ちを維持することが出来る。
けれども『不可能』に近い状況の時に「まだ出来る」と考えることは、かなり精神的にも辛いものがあると思う。
「また失敗しないだろうか…」
「これ以上悪くなったらどうしよう…」
ポジティブを維持しようとする反面、どんどんマイナスな考えが頭をよぎってしまう。
そして、『恐れる』ことが消極的な決断や行動になってしまう。。。
何時しか『プラス』は『マイナス』へと変わってしまう。
そうなるぐらいであれば、逆に『開き直る』ことがあってもいいと思う。
『どんどん来い』。
『何が来ようと受けて立ってやる』と。
恐怖に恐れるぐらいなら、その恐怖を望む方がかえって楽になるかもしれない。
子供の頃、こんな経験がある。
予防接種で注射の順番を待っている時、先に注射をしている子供が騒いだり泣き喚く様子を見て、堪えきれないほどの恐怖を覚えてしまった。
『どれだけ痛いのかな…』
けれど、いざ注射をしてみると…思ったほど痛くは無かった。
前もって『痛い』というマイナスな想像をした事が、本当の痛みを和らげてくれた。
これが『マイナス』を『プラス』に変える発想なのかもしれない。
自分の『弱さ』を隠すのではなく、敢えて自分の『弱さ』に向き合う事が『強さ』に繋がるのかもしれない。
そんな事を『山中鹿之介』の「七難八苦」から学んだ。
『今日は何の日?』のコーナー♪♪♪
今日は『国立競技場落成記念日』です。
1958年(昭和33)の3月30日、国立霞ケ丘陸上競技場が完成した。
『国立』高校サッカーの夢の舞台です☆彡
以上、『今日は何の日?』のコーナーでした♪♪