私が大学生の時、ものすご~~~~く苦手な…ハッきり言ってしまえば『嫌いな』先生がいました(;^_^A
講義ではせっかく購入したテキストもあまり使わないし…
講義内容も、黒板を殆ど使わず、大切な部分も口頭で学生に伝えます…
なのでテスト対策は、とても苦労しました…
その上、『無愛想』ときたもんです・・・。
そしてある課題を出され、レポートを書いたのですが…何度提出しても『NO』でした。。。
何度も何度も何度も…提出してもダメ!!
もういい加減、嫌になってきて…
「もうこの単位、落としてもいいかな…」
なんて思うようにもなりました・・・。
そんな腐りかけていた私でしたが…
ある時、その先生が講義の後で学生に向かってこんな話をしました。
「今回の課題に対して、今のところ私が受理したレポートは一つもありません」。
「ある学生からこんな意見がありました。『レポートについて訂正箇所を教えて下さい』。それは『答え』を教えて下さいと言っているようなものです」
「社会では『間違え』や『正解』を教えてくれるほど甘くはありません。自分がどこを間違えいるのか?何を得たのか?を何度も考え、自分自身の意見や考えを主張しなさい。」
「私に提出された課題は、私が講義で話した内容のみを書いてきたレポートです。そんな物を提出されても皆さんの考えが分かりませんので、評価のしようがありません。」
「私が講義で話した内容は基本的な考え方であり、そこから自分自身の『言葉』と『考え』によって発展させるのが今回の課題です。」
「課題の最終提出期限は、来週です。以上。」と、私達に話して教室を出ていきました。
確かに、それまで受講した他の講義は、基本的にはテキストや講義内容が一つの『正解』でした。
しかし『正解』は一つではなく、一つの道から様々な道に広がることも『正解』だと思いました。
その先生は『明らかに逸れた答え』に関しては、正してくれます。
しかし、自分自身の『考え方』については『評価』をしてくれました。
そして、最もその先生が嫌った解答は、『誰かの意見をそのまま自分の考えとして答える事』でした。
『答えは一つでは無い』
そして『自分自身』の事は『自分』で考え、『自己主張』しなければならない大切さを教えてくれた気がしました。
『君は何を想う?』
『今日は何の日?』のコーナーです♪♪♪
今日は『シルクロードの日』です。
1900年(明治33)の3月28日、スウェーデンの探検家・地理学者スウェン・ヘディン氏により、古代都市の楼蘭を発見しました。
以上、『今日は何の日?』のコーナーでした♪♪♪