欲求 | 見上げた空に、独り言。

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普段は誰にも話さないような『自分の想い』を自由気ままに書いちゃってます!!

私たちの生活の中には、様々な『欲求』がある。


『欲求』は『ニーズ』でもある。


『顧客ニーズ』『利用者ニーズ』など、必要としている人が何を望んでいるのか?


その『ニーズ』に応えるこどが、様々なビジネスやサービスとして展開されている。


そして、『欲求』は誰もが持っているものである。


大学生の頃、私は『組織心理学』という講義を受講していた。


その中で『マズローの欲求段階説』について学んだ。

アブラハム・マズローはアメリカの心理学者である。マズローは人間の欲求をピラミッド型の五段階に分類している。


底辺の欲求が満たされると、その一つ上の段階欲求を目指そうとするという、人間の欲求段階説を唱えた。

今日はその『マズローの欲求段階説』について触れていこうと思う。


ピラミッドの一番底辺部分にあたる一つ目の欲求が『生理的欲求』である。

『生理的欲求』とは、人間が生きていく上で必要不可欠なもの(水・空気・食料等)に対する欲求である。空腹になるとイライラして他の事が考えにくくなるのは、この『生理的欲求』がある為である。


二つ目の段階的欲求は『安全欲求』である。

『安全欲求』とは、『生理的欲求』と深く結び付いており、これら二つの欲求は人が生きていく上での「基本的欲求」とされている。
例えば、赤ちゃんがお腹が空いて泣く。これは空腹という『生理的欲求』に対して、身の危険から守る為の安全として泣くわけである。


三つ目の段階的欲求は『社会的欲求』である。

『社会的欲求』とは、親和・帰属の欲求とも呼ばれる。
自分が社会やグループに属したいという欲求である。この欲求が満たされないと、「孤独感」や「疎外感」を感じる。
仲良しグループに入りたい入りたいけど入れない…そんな集団に属したい気持ちが『社会的欲求』である。

四つ目の段階的欲求は『自我欲求』である。この欲求は尊重の欲求とも呼ばれる。

『自我欲求』とは、『社会的欲求』に対し、社会やグループの中で「自分を認めて欲しい」、「自分を評価して欲しい」など、自分の存在を『尊重』してほしいという欲求である。


そして、ピラミッドの頂点にあたる五つ目の欲求が、『自己実現欲求』である。
『自己実現欲求』とは、「自分が目指している自分」謂わば「なりたい自分」を求める欲求である。

自分の才能や能力、あるいは可能性を最大限に活かして『目標』に向かって追求し、それを実現しようとする。
但し、その目標が『人から認められたい』という動機であれば、それは『自我欲求』になる。


以上、がマズローが唱えた五つの『欲求段階説』である。


正直、学生の頃はピンと来なかった様な気がする…。

でも、様々な人に出会い、また自分の体験を通じてこの『欲求』の理論が当てはまる事を感じる。


勿論、この理論が全てに通じているとは思わないが、一つの欲求の概念として、あるいは人が精神的に成長していく段階や捉え方として頭にあれば、客観的に物事を見るきっかけにもなると思う。


そして、マズローはこの五段階の上に、更に『自己超越』という段階も呈している。


『自己超越』とは、『自己実現』を果たした域の段階としている。
しかしマズローは、『自己超越』する人間は極めて少ないとも言っている…。


人間が生きていく上で様々な『欲求』が必ず生まれ、その欲求を満たすべく人は生き、成長する。


けれども『欲求』が完全に満たされる事は稀であり、その『欲求』に挫折したり、壁にあたり悩むのかもしれない。

一難去ってまた一難…。

人の悩みは尽きないものである…。

けど、『当たり前』となっている環境の中に、自分を支えてくれる人がいる事は忘れてはならない事だと思う。

そして、例え自分の欲求が充分に満たされていないとしても…

誰かの欲求を満たしているならば、それはそれでいいのかもしれない。。。

自分の欲求が満たされることだけが『自己実現』とは限らない気がする。

私は、そんな先に『自己超越』の域が存在しているのかもしれないと感じている。



『今日は何の日?』のコーナーです♪♪♪
今日は『財布の日』です。「3(さ)1(い)2(ふ)」の語呂合わせです。

以上、『今日は何の日?』のコーナーでした♪♪♪