無理が通れば道理引っ込む


小林一茶さんの「おらが春」のなかに「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」の句があります。

子供たちが遊んでいる近くにスズメさんもチュンチュンと遊んでいたら、大きな馬さんがやって来くるのが分かり「危ないよ~早くその場からどきなよ」とスズメさん達に子供が声を掛けている姿なのでしょうか。

「そこのけ」とは、大名行列の人払いをするときに使われた格式ばった言葉で「そこを退(の)き去れ」が元々のものでもあり、ひょっとしたら、雀の子とは庶民のことであり、御馬とは大名のことだったのだろうかと邪推をしながら、小林一茶さんは「無理が通れば道理引っ込む」の念を当時の世の中に感じていたのだろうかと思ってみたりもするのでした。


そこのけそこのけ


「無理が通れば道理引っ込む」の言葉は、江戸いろはかるたのなかの一つですが、道理にかなわない不正が平気で通用する世の中なら、道理にかなった正しいことが行われなくなるという意味で、いくら正しい筋道の道理を主張しても聞き入れられない場合は、引っ込んでいるほうが身の安全だということの意味でもあります。

「無理が通れば道理が引っ込む」~「無理が通れば道理そこのけ」~「道理そこのけ無理が通る」などとも言われ、またしてもここに「そこのけ」が登場し、悪・悪人の行動様式の一番は、ここにありなのかと思ってみたりもするのでした。


Today's Ponyo Ways.



雀の子そこのけそこのけ御馬が通る



小林一茶



茅ヶ崎の夜は更けて


人気・気勢・権力・社会常識・ハラスメント etc.
政治(家)の国会状況・大学スポーツ・国際情勢から身近な組織に至るまで見渡した時に「そこのけそこのけ」の無理が罷り通り、道理引っ込むような状況が溢れているように思うことがあります。

怖いなぁと思うのは、大衆操作とは言わずとも、populism(ポピュリズム:一般大衆の利益や権利・願望・不安・恐れを利用して、大衆支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想・姿勢)の空気を時に感ずることでもあります。

多様性を認めるグローバリズムとネット社会でのポピュリズム的な一部の流れの間に挟まれながら、個人見解的には「そこのけそこのけになってしまう時には気を付けなければならないぞ!」の自戒の思いでもあります。

赤信号 みんなで渡れば 怖くない

時代に影響されることはあっても、流されることはないように注意しなければ、無理と道理を見誤ることになり「そこのけそこのけ」を正当化して、意識・無意識は別に加害者となってしまうことに意識を持つ必要が高い時代なのかと思うのでした。


そんな話しをいつもの飲み屋さんでしていると、話しの途中から加わって来た悪友Kが「そこの毛ってどこの毛?」と尋ねて来て、あ・・・平和ボケは幸せなのか、注意が必要なのか分からなくなったと、誰しもが思うことになった茅ヶ崎の夜なのでした。










笑顔の行方を見つめて

all written by  Career wing  T.Yoshida@ponyo




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