【39】アフタースクール 2008/05/31 | 太ったうさぎのほにゃほにゃブログ

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普通のリーマン(但し太め)が書く日記?


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以前、千葉テレビで大泉洋さんの番組を見ていたことがあり、主役ということで興味を持ったので行ってみた。


母校の中学校で教師をやっている神野は夏期休暇中なので自分の新車を同窓生の木村に貸す。翌日、部活で中学校に行った神野のところに同窓生の島崎という男が訪ねてくる。木村の行方を捜しているというのだ。神野は携帯で連絡をとろうとするのだが、木村そのまま行方不明になってしまっていた。神野は島崎と一緒に木村を探し始めるが、実は島崎と名乗る男は同窓生ではなく、北沢という借金まみれの探偵だった。木村を追いかけ始めるうちに、神野の知らない木村の姿が浮かび上がってくる。。。。という話。


ストーリーはよく練りこんであり、きれいに二転三転していく。
観ていて十分面白かったのだが、何か引っかかるものがあった。。。。。


昨年、「キサラギ」を観たのだが、これもまた脚本が凝っていてかなり面白かった。昨年の映画賞を採ったかどうかは知らないが、「こうなっていくのか!」とびっくりした記憶がある。アフタースクールもこういうびっくりを仕掛けているのだろう。だが、二つの間には大きな違いがあるように思う。


キサラギのびっくりはあくまでもストーリーに立脚しているのだが、アフタースクールの方はストーリーよりも「シーンの見せ方」で観客にトリックを仕掛けているように思われる。あるシーンの前後をうまく隠して、観客にシーンの「意味」あるいは「位置」を錯覚させているようなのだ。したがって、観終わった後に思い返してみると、セリフもある意味、ダブルミーニングになるように配置されていた。


思い返してみると、明らかに転換点になるシーンがあるのだが、結構無理矢理転換させているところがあった。大泉洋(神野)、佐々木蔵之助(島崎=北沢)、堺雅人(木村)のキャスティングはこの「ダブルミーニングっぽい仕掛け」を可能にさせるための選択だったのだろう。パンフレットを観ると、佐々木蔵之助→堺雅人→大泉洋の順番でキャスティングが決定していったとのことで、「なるほどねえ」と思ってしまった。佐々木さんのちょっち斜に構えている眼、境さんの本当に笑っているのか、という笑み、大泉さんのぶっきらぼう気味な口調、達がこのトリックを可能にしていたのだ。


内田けんじ監督は本当に映画をよく勉強された方なのだろう。この映画は本当に上手くできているのだが、このトリックはある意味「だまし討ち」なので、キサラギのような自然さはない。そのせいか、見終わっても爽快感はあまり感じられなかった。なんていうのだろう、後味の残らない面白さ、っていうのだろうか。三人ともちょっと地味ではあるものね。


気軽に観れる映画といってもいいのかもしれない。
よくできている映画なので、おすすめではあるのだけど。


パンフレットはノートブックの形をしている。なんか懐かしくなってしまった。


そういえば、エンドロールが出ても帰らないように。

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