小学生の女の子がドラマの撮影のために髪をバッサリ切られてしまいます。

 

 

「ありがとうございました!」

結月は他の子どもたちと先生に挨拶し、レッスン場を後にした。結月は茶色がかった髪をレッスン中はいつもツインテールにしていた。

 

小学3年生の結月は幼い頃から子役の仕事をやっていた。

今まで、ドラマや映画に出演するお仕事のお話はもらったことがあったが、いつも役名がない役くらいの役柄や小さい役柄ばかりで、結月はいつか主人公を演じてみたいと夢を抱いていた。

 

そんなある日、マネージャーから話を聞いた。

「結月ちゃん!今日はいいお知らせがあるよ」

「なんですか?」

「結月ちゃんに、次期放送予定のドラマ『どさんこ』のオファーがきたよ」

「えっ、嬉しいです!何の役でしょうか?」

「主演女優さんの幼少期の役で、結構出演時間もありそうだよ」

「本当ですか?」

 

結月は内心舞い上がっていた。

「お返事はどうすればいいかな?」

「やらせていただきたいです!」

結月は二つ返事で承諾した。

 

「良かった。でも、やらせてもらうからにははちゃんと役作りしないといけないね」

「大丈夫です!で、どんな役作りですか?」

「まずは髪の毛をドラマのイメージと合わせないといけないね」

 

結月の頭の中にはぐるぐるとさまざまな感情が渦巻いていた。

せっかく舞い込んだチャンスを無駄にはできない。ここでオファーを断ったらこの役は当然他の子に行ってしまう。それに、一回でも断ったら今後の評価にも響くかもしれない。

でも、お気に入りの髪を切ることになってしまう。

 

「どう?結月ちゃん。このお仕事受けてみる?」

ずっと考えを巡らしている結月に向かって、マネージャーが聞いてきた。

「は、はい!頑張ります」

結月は夢を捨てきれず、ドラマに出ることを選んだ。

「オッケー。じゃあ、さっそく今からカットしに行こうかな」

「今からですか…?」

「うん、気が変わらないうちのほうがいいし、衣装合わせの日までにカットしたほうがいいよ」

 

思ったよりもずいぶんと早い運命だった。

 

 

途中でお母さんと合流して、美容院にやって来た。

「結月ちゃん、よろしくね」

美容師に声をかけてもらうと、カットチェアに案内された。

美容師は結月のツインテールをしている両方のゴムを取ると、透明の袋に入れて結月に手渡した。

結んでいた跡の分け目がなくなるように髪を梳かれてから、大まかにブロッキングされるとカットが始まった。

 

左側の肩の上あたりにハサミを当てられ、結月は「そんなに短くするの?」と動揺した。

ジョキっと音がすると、サイドの髪が切り落とされた。

毎朝、学校に行く前にお母さんに髪を結んでもらったこと、小学校で友達に三つ編みを可愛いと言ってもらったことが走馬灯のように頭に蘇って来た。

サイドの髪がカットクロスにバサッと落ちていき、肩の上くらいの長さになった。

鏡に映る自分が肩上に切られている姿を見て呆然としている間に、右側も切られていった。

右側、左側そして後側と繰り返し切り揃えられていく。

肩上のボブに切り揃えられると、さらにジョキという音と共に左側のサイドの髪が耳の下あたりで切り落とされた。

「えっ」思わず結月は声に出してしまう。

そのまま耳たぶが見えるラインまで真っ直ぐに切り揃えられた。後ろの髪も、耳たぶの横のラインで真っ直ぐに切り揃えられた。

一気に頭が軽くなって、小学校に入って以来ずっとロングを保っていた結月には新しい感覚だった。

 

 

そして、前髪を櫛で梳かれて、少し目に入る位置まで垂らされた。

櫛を通して長さを考えている様子を心配そうにわずかな隙間から目で追っていた。

「じゃあ切るから目を瞑ってね」と声を掛けられ目を瞑った。

 

ハサミが当たって眉の上がヒヤッとした。

次の瞬間、ジョキジョキと音がして、大量の前髪が落ちていくのを感じた。

(眉毛のあたりがヒヤッとしたけど、眉毛より上で切られてない?大丈夫かな?)

今まで小学校でオン眉が流行ったときでも、こだわって決して前髪を眉上に切らなかったため

ハサミが触れた感触、おでこに当たる切られた毛先の感触から、結月の不安は臨界点に達した。

ハサミが一直線に入れられていって、やがて眉が覗いていった。

最終的には眉上3センチほどの位置まで一直線に切り揃えられた。

 

前髪を切り終えた美容師は、ワゴンから何かを持ち出した。

バリカンだった。

(えっ、あれで剃られちゃうのかな…?ていうかバリカンなんて普通男の子にしか使わないよね…?)

結月は初めてのバリカンの登場にドキドキしていた。

 

「下を向いてね」

頭を前に倒されると、首筋にヒヤッとする感触がした。

ウィーーン

「結月ちゃん、ちょっと頭を抑えるね」

結月は刈り上げられたくないという気持ちがあるからか、頭が少しずつ上がってきていた。

頭を強く抑えられると、後ろの髪からはみ出した産毛を刈り上げられた。

結月は後ろの髪の様子がどうなったのか見えないので心配で仕方なかった。

刈り上げが終わると、全体のバランスを馴染むように毛先を再び整えられた。

 

 

顔についた髪を掃いてもらって、結月は目を開けた。

鏡に映る自分は自分ではないように感じた。

眉上3センチくらいでまっすぐに切り揃えられた前髪はオン眉と呼ばれるものよりもはるかに短く、サイドは耳たぶが見えるくらいの短さだった。

決しておしゃれな「ボブ」とはいえず「おかっぱ」で、完全に昭和の子どもにしか見えなかった。

 

「さっぱりしたね」

美容師がブラシで毛を払ってくれて、やっとクロスを外された。

合わせ鏡を見ると、襟足は青々と刈り上げられていた。

おそるおそる襟足に手を当てると、ジョリジョリした手触りを感じ、

「うわっ」と思わず声を出してしまった。

前髪に手を当てて押さえつけるが眉毛には決して届かず、視界にも入ってこない。どこに視線を送っても視界に自分の髪が入ってこなかった。

カットが終わるのを待っていた母親を美容師が呼びに行った。

 

ずっと涙をこらえていた結月は席を立つと、母親に抱きついてから涙を流した。

「ドラマのために頑張ったね。えらいよ」

母親に頭を撫でてもらった。

 

ドラマの撮影は来月から始まる。それまで落ち込んではいられない。

結月は子役として甘酸っぱい経験を通して成長したのだった。