久々の投稿がこんなのでいいのか……。

 ヤスリでナイフを作る。
 いや、ヤスリで鋼材を削ってナイフを作るんじゃなくて、「ヤスリを原材料に」ナイフを作るのだ。You Tubeとかで「file knife」って検索すると結構出てくるのがこのヤスリを原材料にしたなのよ。
 「ヤスリなんてナイフになるの?」って思う方も多いと思われるが、ヤスリと言っても木工ヤスリやボードヤスリはダメダメのメーメ。特にボードヤスリとかは幅が広いから騙されて(誰に……)それを使うと数千円をおドブにお捨てになられる結果になったりなんかしちゃたりするから注意。
 ん、で、ヤスリはナイフになるのかというと、知識と技術(+設備)があれば普通に作れる。でさっき言ったように木工ヤスリとボードヤスリはダメ。使うなら鉄工ヤスリじゃないとダメ。なぜかというと、鋼材が違うから。
 木工ヤスリとかボードヤスリ等はSS材という低炭素鋼を浸炭焼入れしているか、炭素鋼を使っていてもせいぜいがS45CS55C。浸炭焼入れは表面だけ炭化硬化させてるだけだから削れば中はやわらかで刃物にならない。で、炭素鋼の場合、この45とか55とかが含有炭素量を表してる訳なんだけども、45で大体0.42〜0.48%。55で0.52〜0.58%と、刃物としてはかなり低炭素な訳である。試しに1095D2(SKD11)と比較としてみると、1095が0.90〜1%オーバー。D2に至っては1.40〜1.60%くらい炭素が入ってる。という訳で、S45CS55Cをそのまま使うには炭素が足らんぞ。ってなる訳だわな。
 んじゃぁ、鉄工ヤスリの場合はどうかと。
 鉄工ヤスリには一般的にSK1炭素工具鋼という鋼材が使用されている(一般的にって言っても他の高炭素鋼を使ってる場合もあるゾ)。で、このSK1(今のJIS規格だとSK140)の炭素量は1.30〜1.50%。と炭素量ならD2並に炭素がたっぷり入った、刃物にとっても向いた鋼材な訳で。そういう訳で鉄工ヤスリが用いられる訳です。ちなみに自分で鍛造ができるんだったら鉄工ヤスリ以外でやってもいいです。
 設備と技術と気合と根性があればだけど。
 ちなみに百均のヤスリにはt12Aという中華鋼材が使われてる事が多いし、高周波焼入れで表面だけ硬化させてる事があるから注意しておくんなまし。
 話は飛んだが、ヤスリナイフの作り方には二種類の作り方がある。
 一つは「非加熱工法」。もう一つは「再熱処理工法」。 
 前者の「非加熱工法」は、鋼材となるヤスリから直接ブランク(原型)を切り出し、そのまま研磨してベベルを付け、ハンドルを拵えるもの。
 この工法は硬いヤスリをかなり強引にナイフの形にするので、かなりの重切削を要する。また、削り上げた物をそのまま刃物として使うため、切削熱による焼き鈍りに気を使うことになる。特にポイント付近やエッジ付近でだ。コレを警戒し水でしっかり冷やしながら大まかに形を出し、ざっくりとベベルを付ける。ここでポイントなのは、エッジの厚みをかなり残してベベル付けをすること。これをしないとブレードのエッジがすぐに焼けてなまるのである。
 そしてここまでをクリアーしてついに研磨にはいるわけである。ベルトサンダーでベベルを研磨し、整えて鋭いエッジにする。当然だが、材料の鉄工ヤスリがサビサビなら加工前に酸洗するかワイヤーブラシでしっかり錆を落としておこう。後が楽だ。
 と、ここまでが非加熱工法での手順だが、非加熱工法には一つ欠点がある。それはハンドルピンやランヤードホールを付けられないことだ。
 非加熱加工は、いわば熱処理済み鋼材を後から加工する工法なわけで、穴あけ加工などは非常に難しくなる。まあ、持ってる機械や設備次第(ダイヤモンドコアドリルとか超硬ビットとか)で、なんとかなることもあるが、一般家庭では難しいだろう。あとそのまま刃物にするので、ヤスリの中(芯)まで硬化処理されているものが望ましい。

 さて、次は後者の「再熱処理工法」だが、これは書いて通り、熱処理をやり直す工法だ。
 この工法はまず、材料となる鉄工ヤスリを赤く熱して焼鈍(焼き戻し)し、一旦柔らかくしてから加工する手法だ。これには当然、“炉”が必要になる。石炭炉でも木炭炉でも電気炉でも良い。とにかく熱源が必要になる。
 焼鈍してからの手順はこちらも同じだが、鋼材に対する熱管理の悩雑さがあまりない。しかも焼鈍してあるから、ハンドルピンホールもランヤードホールも付けられる。そして切り出し、研磨し、形にしたら再び熱処理をして硬化させる。結果、姿の完成度は再熱処理工法の方が高くなる。
 一方でこの工法は熱処理等の知識や設備が必要になり、かなり難しい。相当の上級者向けの工法になる。
 機動大尉は、残念ながらその設備も知識もない。だから必然的に前者の非加熱工法になるわけだ。
 このナイフはまさにその工法で作ったヤスリナイフだ。
 汎用ブッシュクラフト、ラーベ。ドイツ語で“ワタリガラス”だ。
 刃渡りは3.5インチ。ハンドルはカーボンをエポキシボンドで圧着している。

 刃厚は5.5mm。ハイカットコンベックス。塩化第二鉄処理後、ストーンウォッシュに掛けてある。

 さて、この手のヤスリナイフで気をつけなければならないのが、エッジのチップだ。
 適切な熱処理を受けたヤスリを、自然刃でやると凄まじい切れ味を発揮する。だか、硬すぎるとチップが発生するのだ。正直、ヤスリのメーカーによってチップするかしないかは変わってくる。だがやはり、チップ対策に小刃は付けたほうが良い。また靭性もさほど高くないので、折れる可能性も考慮して運用する必用がある。まあ、再熱処理工法の場合、焼戻し処理で靭性も出せるから無敵なんだけどね。
 さてヤスリナイフ、慣れると、この程度は半日で作れるようになる。
 スカルペルタイプ、デーゲン。
 刃渡り2.5インチ、シースにはレザーを選んだ。
 刃厚4.5mmのスカルペルタイプ。当然塩化第二鉄処理後にストーンウォッシュを掛けている。

 と、ここまでヤスリナイフの事を延々と書いた訳だが、ヤスリナイフはとにかく原価が安い。古道具屋で数百円で買える。だが欠点もある。とにかく錆びやすく、こまめな手入れが必用になるのだ。これは無精モンには向かないかもしれない。だが、自分の作ったものとなれば愛着もひとしおだ。いままでゴミだった物が、自分の手で機能ある道具となっていく。そして完成したときの喜びは何にも代えがたいものがある。手入れもこまめになるだろう。
 ゴミから作れる、カスタムナイフ。この機会に、一本自分用のナイフをヤスリから作ってみるのも良い経験になるかもしれない。