□母の旅立ち
7月10日5時7分
世界で一番愛を注いでくれた母が旅立ちました。
72歳の生涯でした。
6年間、病と共に生きながら、祖母のことを介護し見送り、家族に愛情を注ぎ、友人と過ごし、童謡を歌い、孫と遊び、病院でも最期まで周りに笑顔を与えていた母。
最後一ケ月は外泊を使いながら、親戚、友人と会ったり、好きな
食べ物を食べたり、孫と添い寝をしたり時間を過ごしました。
病院でも、違う階に異動した看護師さんや薬剤師さんが母が入院したことを聞きつけ、ハグしにきてくれたり、
最後の病院は、4年くらいお世話になりましたが、主治医やいろいろな看護師さんから母のエピソードを話してくれました。
ここに一部を
今は中堅どころですが、
当時新人だった看護師さんは、患者さんに何もできない自分が本当に役に立てているか分からない時に、母は自分で治療で辛い時にも、新人の看護師さんに母は、あなたが病室に顔を出してくれると元気が出るから、また顔を出してね。と声をかけていたようで、
その看護師さんはまだ何もできなくても、私にも患者さんに少しは役に立ててるんだと自信がつきました、あの時があるから続けてこれました。
また他にも、
新人の看護師さんが、点滴がうまく刺さらない時でも、これから、たくさんの人の腕に刺さないといけないんだから、私の腕で練習しなさいと言っていたそうです。
自分が辛い時でも周りの方を常に元気づける母の姿を病院で聴きました。
他にもいろいろなエピソードがありますが、我が母ながら本当に尊敬します。
母の座右の銘は
"辛い時こそ笑顔を"
この6年間、多くの時間を母と過ごすことができました。
兄弟がより団結し、多くの方のお力添えで、最期まで寄り添い、母の存在をさらに理解でき、最期の一ケ月は毎日を幸せに感じてもらうために動いてきました。私自身、悲しみと同じくらい幸せな時間もたくさんありました。
今まで母が与えてくれた愛に比べものにならないですが、兄弟が母のためにいろいろ協力して支えました。これも母のギフトかもしれません。
葬儀・告別式も滞りなくおわりましたが、まだまだ、やるべきことは続きますが、ふと寂しさは降ってきますね。
今回の母の支援で、皆様の役に立てれることもあるかと思いますので、ブログで少しづつ発信したいと思います。
今回はご報告になりましたが、引き続きよろしくお願いします。
