私が入院してる間、息子はどこでどうやって生活するか?



以前にも書きましたが


息子が通ってる小学校に行ける事



これは私達の絶対条件





私がいない間

寂しくても、大好きな友達と毎日会って遊べる事で

少しでも私を忘れる事ができる

気が紛れる



息子も友達に会えないのは絶対に嫌だと。




福祉課に相談した時に言われたのは

入院期間が長い為、一時保護扱いになる
その間は学校には行けない


私の友人宅に泊まらせてもらう場合

そこが校区外なら
誰かが学校まで送迎可能な事





以前にも書いた理由により
この二つは不可能でした。






そして

息子と話し合って出した答えは




この家で1人で生活する。



でした。






もちろん
反対する人が殆んどだと思います。



友人からも

「アメリカなら虐待で捕まるレベルやで!
一時保護にした方がいいよ!
何かあったらどうするん!!
それか
親に頭下げてお願いしたら!?」




先の通り、一時保護にすると
知らない場所で知らない誰かと生活しなければならない
息子の性格からして、余計に寂しく辛くなり
私に会いたいと施設から勝手に逃げ出すかもしれない



親に頭を下げてお願いする


親に頭を下げてもらう事はあっても
私から下げる事はない



母に預ける事は絶対にない


この友人は私の母の事を話した事がなかったので

きっと、親子喧嘩か離婚した事で親に勘当されたと思ってたのでしょう



まだ息子が2歳の時
1月か2月の真冬だった
急遽私は21時位まで仕事が入り、2時間だけ母に息子を預けた。



仕事が終わり、ドアを開けたら
そこにパジャマ姿で裸足の息子が冷え切った体で立っていた。


ずっと私が終わって出てくるのを待っていたと言う



母曰く
「勝手に出て行ってんから仕方ないやん」




そういう人。




もう、ここには書かないが
私は昔から
息子が産まれてからは
散々親子で振り回された。

それでも私の親だからと
限界も超えて付き合ってきたが


ある人に言われた

「これ以上、我慢する事ない
こんなん言ったら悪いけど
いくら親やからって言っても、おばちゃんは普通じゃない
もう、鬼になって切らなあかんで」


私はこの言葉で本当に救われた


息子にも話して
それから付き合いをしなくなった



そして、平穏無事な生活を手に入れた。



仮に頭を下げてお願いして預けたとする


食べさせてもらってるか、酷い事言われてないか、何かされてないか
心配で入院なんてしてられない
そういうレベル




息子も
「絶対に嫌!
それなら1人で家にいる!」




もちろん、家で1人でいる事に心配なわけはない。


マンションの最上階に住んでいたが、屋上や隣の部屋から侵入される造りでもないので
これは大丈夫



1番心配なのは、火災や地震


ガスコンロは使わないし、我が家にはライターや、マッチもない
自宅が火元にはならないが

隣近所からの火災は防ぎようがない

それと花粉症のアレルギー以外は病院に行く事もないが病気に怪我

それはある意味【賭け】だった



1日のサイクルは

起床して朝食をとり学校へ
1人で起きれるか心配!(事前に練習で⭕️)

登校班での通学


帰宅時間は
居残りがなければ16時過ぎから半の間。

いつもなら直ぐに宿題をして、17時には出て電車に乗り塾へ。
帰りは21時半だった。

だけど、塾もやめたので

学校から帰宅後は
友達と遊んで帰宅は17時半から18時

宿題して、お風呂に入って、ご飯を食べ、テレビを観たら
もうちょうど就寝


何とかなるかも。



2人で話し合って決まった。




後の入院期間中は

先に書いてしまうが、



まず朝食は
1ヶ月分のホットケーキを焼いて冷凍
電子レンジで解凍して食べる

昼は給食(給食がある事にこれ程感謝した言葉はない)


晩御飯もレンジで解凍すればいいだけのオカズを何種類も作ったり

何品かプレートにセットされて売ってる冷凍食品を冷凍室へ入れた
これは好き嫌いがあるので入院前に買って2人で試食済み

冷凍庫は既に満杯なので
レトルトカレーやビーフシチュー
ご飯は市販のチンするだけのパックを。


そして、学校には水筒ではなく
ペットボトルを持って行く許可を得て
500mlのお茶のペットボトル35本

自宅用の1リットルのお茶を何本か用意

お菓子やヨーグルト

牛乳が無くなれば、自宅から1分のコンビニへ買いに行く




そして、友人が週に3回
洗濯物を取りに来てくれ洗ってくれる事に。

学校の給食当番が1回は息子に当たるけど、エプロンのアイロンまではさすがに頼めないので
担任の先生(女性)に伝えると、先生が持って帰ってしてくれる事になった。


1週間の内に病院へ来る日は友達と遊べない日と
土日になった。

電車を2回乗り換えて病院へ来る。
行きは良いが帰りは夜なので悩んだ結果

癌の事を知っているのはごく僅かだったので
非公開にしてるSNSで(友人限定)
癌の事を公にし
病院まで迎えに来てもらって、家まで送り届けてもらえる人がいないかお願いした。

有り難い事に何人かが手伝ってくれる事になった。

息子の事もまた
追い追い書いていくが

小学生の1人暮らしは
さすがに学校には言えないので
友人が泊まりに来てくれるので
自宅から通う事になると報告した。



読んで下さってる方でも
小学生に1人暮らしをさせるなんて
虐待然りだと思う方も多いかと思います。


今となっては、特に何もなかったから良かったものの
お叱りを受けるのも批判されるのも承知の上で書きました。
母子家庭で身寄りがなく、同じような立場の方が
私達親子のような生活を送らなくてもいい様な世の中である事を願うばかりです。





話は戻って

術前治療の放射線、抗がん剤が始まると同時に
入院までにしないといけない事があり過ぎた。

その内の一つに
もしもの事があった時の
私のお葬式について

これもまた書くが



次回は
私の闘病の始まり
術前治療と副作用について