稼がなきゃという思いと持っていた豊かさ | 否定しない子育て。森と自然と親子の暮らし。
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否定しない子育て。森と自然と親子の暮らし。

ずっと強い自己否定をして生きてきた私。母親になって子供たちの生きる姿に自分の生き方を見直し「否定しない」ことが幸せへの道だと知った。保育士となった私が大好きな自然の中での暮らしとともに綴るママと子どもたちへのメッセージ。

7月やたらと忙しくなって、この半月自分を無くしていた。
心はもやもや、身体はダルダルで
徹底的に自分の奥と向き合って
「もう、自分のためだけに時間を使いたい」っていう本音に行きついて
それを認めて、その気持ちにOKして。
そして、それを関係者に伝えるということが出来て
やっとこさ、心が落ち着いた今日この頃。
 
雨の合間に、溜まっていた畑しごと。
 

田んぼの脇に植えた大豆も大きくなってきた。
(雑草と共存する自然農なもんだから、かくれんぼみたいだね)
 
しばらく見に来れなかった田んぼも、すくすく稲が育っていてほっとしました。
 
なんで私は忙しくなっちゃったのかというと
頼られたのが嬉しかったのと、役に立つ私でいたかったこと。
その根底にあるのは「役に立つ自分でないと存在価値がない」という
まだまだこびりついていた私の中の根強い無価値観。
そして、仕事を引き受けてしまうのは、稼がなきゃという想い。
お金がなくなっちゃう。お金を稼がなくちゃいけない。
そのために働かなくちゃという焦燥感。
そのことに気づかせるための、仕事のオファーだったのだと思う。
まだ、その荷物を持ち続けますか?という神様からの質問。
 
仕事は好きだし働き者だと思ってきた。
子どもを産む前は週5でフルタイムで働いて、週末もよく仕事に行ってたし。
私は社会で活躍したいと本気で思ってきたし。
 
しかし、社会常識に合わせることが、自分はこんなにも難しかったのだと
病気をしたり、心を壊したりして、もうよく分かった。
成績優秀、優等生の姿は仮の姿。
本当の本当の私は、役立たずの穀つぶし。
本当は働かないでのらりくらり、猫をなでながらぼんやりしていたい怠け者。
コロナの自粛で働きにも出ず、家出のんびりまったりして
本当に心の底から至福を感じてた。
ああ、私、根っからの怠け者だったんじゃん。
気づいたはずなのにね。
日常に戻ったら、また社会に求められる「いい子」になろうとしていたよ。
 
お金、お金って思っていたけど
今の私はそんなにあくせくしてお金を稼がなくちゃいけない状況にはないんだった。
 
田んぼも畑も、じつは無料で借りてる。
生活用水は裏の山から湧き出る沢水を引いてきているので、いくら使っても無料。
修繕は必要だけれども、雨漏りはしないし、猫やヒヨコと暮らせる古民家は月2000円の家賃。
家電も最低限だから電気代は高くて月2000円。
ガスは契約していないし、お料理には近所から小枝を拾ってきて燃やすのと、知人から炭をたくさんいただいた。
お野菜ももらうし、少ないけどうちの鶏も卵を産んでくれる。
我が家の畑では小さいけれどジャガイモやタマネギが穫れた。
トマト、キュウリにナスも実をつけてきたし、オクラもすくすく育ってる。
美味しい空気と癒される景色はプライスレス!
なんだめっちゃくちゃ豊かじゃないか。
お金、お金ってあくせくすることで、この地でのゆったりとした生活を味あわないなんて
なんだか本末転倒だ。
 
ってことで、収入は少なくなるけれど、お仕事を減らしました。
気分はゆったり。すっきり。
私は豊かで幸せだから
もう無理して社会に合わせて働き過ぎなくても大丈夫。
自分の身の丈に合った形で、のんびりゆったり働くことを選択します。
 
週5フルタイムで働いていたころは、きっと無理していたんだろうな。
今の私は週2くらいが限界(笑)
残りの時間は田畑で過ごしたり、歌うたったり、楽器弾いたり、猫を愛でたり。
このバランスがとれると、仕事も本当に楽しみな時間になってくる。
 
自分の時間すべてに満足したい。
この本音に気づいてしまったら、もうごまかしては生きられない。
仕事も、プライベートな時間も、全部全部楽しみたい。
お金のためじゃなく、自分の心地よさのために
働くことができる。
そんな豊かさの中に、もう自分はいるのだ。
 
 
我が家の裏山。家から一歩出れば森林浴が出来るなんて贅沢だなぁ。