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ほんわかな気持ちを目指して





【千夏と華那】後編







華那がトイレから廊下へ出ると、各クラスのHRが終わりだしたのか生徒がちらほら歩いていた。華那はカバンを抱きしめたままとぼとぼとある場所へ足を向ける。

あのあとトイレに駆け込んで、恐る恐る鏡を見てみれば、予想していた事態とは裏腹に髪の不自然な段はだいぶやわらいでいた。
不自然と言えばむしろ、トイレまで走ってきたことによる髪の乱れの方が割合を占めているくらいだった。

廊下沿いを進み階段を降りれば、周りは教室が並んでいるものとは少し異なる雰囲気になっていく。
そのことに妙な安心感を覚えながら再び廊下を突き進んでいくと、突き当り右側に木製の大きな扉が姿を表した。
扉には大きく【図書室】の文字。
華那は鞄を抱え直して扉を引いた。
中から流れ出た生ぬるい風に結んでいない髪が揺れる。図書室には、この奥にいるであろう人物に会うためにたまに訪れるが、髪一つ結んでいないだけでずいぶん新鮮に感じた。
暗幕が引かれ、蛍光灯の光のみで照らされた室内に足を踏み入れるとすぐ、目的の人物は見つかった。

本の貸し出しカウンターで分厚い本を読んでいるなじみの生徒。カウンターの机に対して少し座高が高い光景も、もう見慣れた。
カウンターまであと5歩くらいの位置にきて、ようやくその生徒は利用者の来室に気づいた。
慌てて読みかけの本を閉じたが、利用者が馴染みの生徒だと知ると何だという表情に変わる。

「ん。蒔守。」

「いらっしゃい華那ちゃん」

すこしハスキーがかった落ち着いた声が華那の耳に入る。図書室特有の厚い絨毯が柔らかく音を反響させるのか、いつもより増して声が優しく聴こえる。

「なに?今日はどうしたのさ」

「なによ、何か起こったみたいな言い方」

「え?違うの?」

本気で驚いた顔をして言う蒔守に(こいつ…)と、華那は口をへの字に曲げる。蒔守は、ふぅと鼻で息を吐き、しょうがないなぁと質問をすり替える。

「なーに?今日は何か用?」

図書室で、お互いに利用者とカウンターという立ち位置。普通なら本の貸し出し等についての事だろうが、一度も雑誌、ましてや本など借りた事もない友人に蒔守は、相談事でも聞くかのように華那に問いかけた。
それに対して華那も、当たり前のように答える。

「これ。結んで欲しい。」

耳に被さる髪の毛を掴んでそう伝えれば、ああそう言えば、と蒔守が両の手を叩く。

「いいよいいよ今どうせ人居ないし。じゃ、こっち回ってきて」

と、カウンターの中に誘導され、脇から中へ入れば、カウンター机とアンバランスな高さの、見慣れた車椅子が目に入る。蒔守に髪留めゴムを手渡せば、普段ならカウンター係りの委員が使うのだろう丸椅子に座るよう促される。

「華那ちゃんが髪流してるなんて珍しいねぇ」

蒔守に背を向けて椅子に座れば、細い指が自分の髪を優しくかき集める。

「…さっき、取れた。」

ガタッ、すぅ~~~。

華那はこの高さだと結びづらいだろうと、椅子の高さを一番したに下げる。

「お、ありがと。結びやすい結びやすい。」

蒔守が手際良く華那の長い髪を集めてゆけば、指のくすぐったい感触を感じる。
少しの沈黙のあと、華那はポツポツと話しだした。

「さっきね。」

「うん。」

「ゴム取られてさ。」

「うん。」

蒔守は相槌をうつ。話の邪魔にならないように。そして、華那に考える時間を与えるように。

「いやだって、いったのにさ。だめで。さ。」

声が震える。右手が再び熱くなった気がした。

「うん?」

「で、ちーちゃんのこと叩いちゃった。」

目頭まで熱くなる。華那はそっと左手で右手をつかんだ。抑えるように。戒めるように。
しかし、またしばしの沈黙のあと、相談役は案外あっさりとした声で返答を返した。

「そっかそっか。で?」

「は?」

思いもよらなかったあっさり加減に、こいつ聞いてたのか?と疑いの眼差しを向けたいが、あいにく相手は自分の真後ろにいるので、代わりにありったけの苛立った声で返事を返す。
が、とうの蒔守は気にならないとばかりに話を進める。

「華那ちゃんは、どうするの?」

「………。」

真のある声音に、華那はようやくさっきの質問の意図を掴む。全てを聞き入れた上で、どうするのか、どうしたいのか、蒔守はそれを聞いていた。
それがわからずココに来たようなものだった華那は、口を閉ざしてしまう。そして一言。

「…わかんない」


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


一呼吸おいた後、後ろから盛大な溜息が漏れた。一瞬怒られるかもと思った華那はビクッと体を揺らす。
すると、いきなり結び途中のポニーテールをぐいっと引っ張られ、うつむきかげんだった顔を無理やり上に向かせられた。

「痛っつ!」

「うーるーさーい。…まったくもぅ。正直になればいいんだよ、正直にー。千夏ちゃんは兎も角、華那ちゃんは根は真面目で正直なんだから、こーゆー時は自分がやろうと思った事をする!その代わり、やると決めたら、そん時は迷わず行け。…よっし!出来上がりー♪」

そう言って、蒔守は華那の背中をトンッと押して椅子から立たせる。
立ち上がった華那が振り返れば、自分より頭二つ分くらい下の位置から真っ直ぐな視線を送られる。
華那は触りやすい位置にあるその頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃと撫で回しはじめた。

「ぎゃああああああ、ひどいっ!これが髪結んでやった奴への恩か!」

一見男に見間違うようなショートヘアのふわふわ髪は触っていて心地よかった。

「うーるーさーい。女のくせに、カッコ良いこと言うからだ。」

口をへの字にしながら言う華那だが、その口の端は笑っているようにも見える。

「え?なになに?カッコ良かった?キュンってしちゃったんだろー?華那ちゃん素直だからなーww」

手を離せば、蒔守は笑いながらぐしゃぐしゃにされた髪の毛を手ぐしで治しはじめる。
そんな姿を横目に、華那はカウンターにほっぽっておいた鞄を肩にかけて、そのままカウンターから外へ出た。
蒔守の方を振り返れば、最初に読んでいた分厚い本を取り出して、何ページだったっけかな、とパラパラめくっている。


「ありがと。」


華那がそっけなく感謝の気持ちを伝えれば。


「あいよ、はやく仲直りしなよー。」


蒔守これまたそっけなく返事を返す。

華那は出口に向かい、扉を押し開く。
外からは少し冷たい風が流れ込み、華那の頬を優しく撫でた。









次の日
朝のHR前、ざわついた教室へ入ろうとした蒔守は隣のクラスに入って行く友人の姿を目にした。
その友人は昨日、今にも泣きそうな顔で自分の所に来た。正直最初は驚いたが、まあたいしたことないだろうと聞いてみれば、予想どうりたいしたことない相談事だった。
ちゃんと誠心誠意もって謝ればいい。なんだかんだでお互いのことわかってるんだから。

…と。伝えたつもりでいたんだが…。

「うぉー…さすが天然。確かに迷わず行けとは言ったが、そーきたかぁ」

隣の教室うるさくなるだろうなあ、と頭の隅で思いながら、蒔守は自分のクラスへ入って行く。

その予想は見事にあたった。


「え、えええええぇぇええぇぇええええ!!!か、華那ちゃんんんん?!!?!」

華那が教室に入るないなや、千夏の叫び声が教室に響き渡る。

「なによ。」

「その髪!!!!…わ、私のせいだよね!!ごめん!!もうあんな事しないから!!調子乗っちゃっただけなの、ほんとにごめんなs、げふっ!!」

「それは私が言うの、横取りしないで」

「へ?」

華那渾身のボディブローをくらい、すこし涙目になりながらお腹を抑えてうずくまれば、頭上から凛とした声が聞こえてきた。

「…昨日はごめん。」

思いがけない言葉に一瞬目を見開くが、その凛としつつも、不安がにじんだ声で紡がれるぶっきらぼうな謝罪の言葉に、千夏はほこぼらせた顔を上げた。

目の前には髪をベリーショートにばっさりとカットした華那の姿。耳にかかる髪に慣れないためか、右耳上につけた赤いヘアピンが黒髪と調和し、とても綺麗に見えた。

「これは昨日の反省を込めて切りに行っただけよ。ちーちゃんこそ頬大丈夫だった…?」

心配そうに聞いてくる華那に。

「うっ、うぇ。」

昨日からの不安ややるせなさ、自分への怒り等々が一気に浄化されていき。
昨日は崩れなかった涙のダムが今更になって、大崩壊した。

「なっ!!やっ、やっぱりいたかったの!?そうなのね!!?」

突然泣き出した千夏に、今度こそ慌てだした華那は、その異常を自ら確かめるため千夏の頬に手を伸ばす。
千夏は伸ばされたその手を両手でガッシリ掴み、さらにダムをぶち壊していく。

「華那ちゃんの綺麗な髪が私のせいでぇぇー!ああああああ、でもベリショの華那ちゃんも可愛いよぉぉぉうぇぇぇん」

「ばかっwww」








昨日の惨事を見ていた生徒たちも二人の仲直りを見届け、調子にのった男子生徒が「宴だああああーー!!」と騒ぎ出すまであと5秒。

担任がHRのため教室に来るまであと10秒。

騒いだ男子生徒たちが担任に叱られるのを見て、千夏と華那が笑い出すまであとーーー。














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千夏と華那ってよりは、途中参加の蒔守との会話の方がメインになってしまったような…笑。
ちなみに、本文でもあからさまな表現がありますが蒔守は女の子です。