生きる喜びを否定することなく、自分の真の欲求に耳を傾けて一歩を踏み出し、変化し、成長し、進化していこう。再び他者との交友範囲を広げ、他者の人生に積極的に関わっていこう。友情をはぐくみ、自分自身との関係を深めていこう。我々は再び生きはじめる。だがそれは、悲しみを充分に味わってはじめてできることなのだ。
受容が最終段階ではない。
舟木一夫が死んでしまったら、この五段階を
通過する心は、かなり大変だったろうと思う。
1日の全てが舟木一夫と関係性を
持っていたのに。
○否認の段階
舟木さんがそんなこと言う筈がない。
何か受けとり方のニュアンスの
違いではないか。
だって、いつも入待ちでポーズをとって
くれていたし、みんな写メを撮りまくって
いたのは舟木さんもご存知。
その写メをファン同士で交換するだけに
止まる訳がないと誰でもが考える。
○怒りの段階
もっと大きな会場で言うでもなく小さな
都市で少人数の入待ちの人に直接言うなんて。
この歳になると口答えの出来ない人からの
説教は辛い。
会報の中ででも良かったし、
スタッフから、舟木さんの言葉として
言って貰えれば、バカな年寄りでも
舟木さん一途なんだから直ぐに理解します。
○もし、~だったらの取引の段階。
私はブログに写真を載せたりYouTubeに
アップしたりしませんから、これからも
気持ちよく60周年に向けて舟木一夫を
続けてください。
○抑うつの段階
私はまだファン歴も少ないけど、舟木さんの
活動を入待ち、出待ちの写メと共に
逐一ブログで教えて下さって、
ファンは情報を得るのにとても助かって
いました。
その情報提供者の方はどんな気持ちなんだろう、と思います。
受容に至るには、その前に諦めが有るように
思います。
所詮は遠い世界の人だったのにコンサートに
数多く行くうちに近い人に変化していった
成り上がりの気持ちがあった。
今までは
入待ち、出待ちの舟木さんも含めて、
コンサートでの美しい姿や所作も
ひっくるめての舟木さんが素敵だったし
歌声に酔いしれていました。
歌だけをもっと聴くなら
クラシックも、ジャズも好きだし。
受容に至るまでにはまだ時間がかかります。