お客様の『けんさん』
昨年の10月から連絡がとれません。

宮城県出身でご両親と弟さんの法事やお墓参りにちょくちょく故郷に帰っていました。

けんさんから聞いた舟木さんの話。

もう40年前の話です。

舟木さんが30代の頃と思います。

けんさんが22歳くらいの時仙台のデパートの屋上で歌っていた舟木さんを見て痩せて暗かったので、俺
「頑張れよ!」って、でかい声で応援したんだ。

当時舟木さんは奥様の実家のある仙台にお住まいだったのでしょうか。

けんさんは池袋に住んでいて
16歳年下の奥さんがいて、やきもちやきなので、携帯には電話番号だけ載せていて名前は無し。

番号が出れば誰からというのは何十人でも分かるという、特殊な能力を持っていました。

不在でも後から必ずかかってきたのにぷっつりと来ません。

最後はオープンマイクの後名残惜しそうに何時までもビールを飲んでいたのと、石井さんというピアノの男性から、兄貴と言われて嬉しくて次の火曜日にカンタータで会うんだと、言って来てくれたのですが石井さんとは会えませんでした。

そしてそれっきり連絡が取れなくなりました。

下ネタ好きで声が大きいのと
よくしゃべるのが、たまに傷
でしたが明るくてお人好しで
憎めない人です。

20歳で、脳腫瘍の手術をしたのでいつも帽子を被っています。

考えたら電話番号以外は何も知りません。

留守電もなかったのですが、先日かけてみたら留守電になっていました。

「幡ヶ谷の珈琲カンタータです。12月にリニューアルオープンしましたのでまた美味しいアイスコーヒーを飲みに来て下さい。」と入れましたが音沙汰無し。

無視するような人ではありません。
もう死んじゃったんじゃないの?と悪口言ってましたが
電話が繋がるから死んではいなくて、でも、電話をかけられない状態かもしれません。

皆心配してます。

もっと舟木さんのこと聞きたいし。

都会の落とし穴。

自分から話さないと、どこの誰かよく分かりません。

パチンコの景品のベビースターラーメンをどっさりもってフラッと現れてほしい。