不動明王の大咒は
陀羅尼であり、不動明王の特性を詳しく述べたものである。
ノウマクサラバタタギャテイビャクサラバボッケイビャク
サラバタタラタセンダマカロシャダヤソハタヤウンタラタカンマン
中咒とは大咒の重要な部分だけを述べたものであり、不動明王の
特徴を表したもの、重視される真言である。
ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダソハタヤウン
タラタカンマン
小咒とは不動明王そのものを指す呼びかけのようなもの。
ノウマクサンマンダバザラダンカン
長いお経を陀羅尼、短いのを真言と言われています。
真言陀羅尼について、昭和10年発行の伊藤古鑑の著書に
とても分かりやすい記述があります。
『真言陀羅尼とは如来の秘密語をいうのでありますが
元来を云へば、何も秘密にすべきものではありませぬ。
真言陀羅尼は誰れ人が作ったといふのでもなく、この
天地間の真理がそのまま、真言陀羅尼でありまして、
何の不思議もなく、造作を借らぬのであります。
即ち春になれば花が咲き、秋になれば実を結ぶと云ふ
道理は真理であります。松吹く風の音も、谷川を流るる
水の音も真言陀羅尼でありまして、これを仏教では
法爾自然の道理と申して居ります。
この法爾自然の道理を自然に云い顕はしたものが
真言であります。陀羅尼であります。
然るに此の法爾自然の道理に、何故に真言陀羅尼
とか云ふて信仰するのであるかと申すのに、それには
諸仏の不可思議なる威神力が加はって居ると云ふので、
この威神力を真言密教では「加持せられた」と唱へて
居ります。要するに「真言不思議の力」と申しまして、
一種の不可思議なる力が加はって、これを唱ふれば
必ず利益があると信じておりますが此の信仰の根源
をなすものは、実に諸仏の加持力であると
云はねばなりませぬ。』 つづく。
昔の知識人は文章にリズムがあり、そして云っている事も
奥が深い。
とことん勉強、研究を重ね、自分の言葉にしているから、
私のような者にも、難しいことを分かるように云っている。
こんな人に教えを請うていたら、今頃私もその道で
ひとかどの研究者になっていたかもしれない…。
それではまた。