マスターは相変わらずにこやかに笑う。その笑いには嫌味がない。むしろ好感すらおぼえる。
「たしかに働くとは『人が動く』と書くよね。じゃぁ、シンジくんがそのあたりをぐるぐると走り回ったら、働いたことになるのかな?」
「いや、それはただの運動でしょう。でも、オレが会社に勤めていて上司からそう命令されたら、それは働いたことになるんじゃないですか?」
「そこに何か意味を感じなくても、そう思うかな?」
「いやぁ、やっぱり意味がないと働いたって気にならないでしょ」
「では、どんな意味があったら働いたってことになるんだろうね?」
働く意味、今までそんなこと考えたこともなかった。ただ金を稼げばいい、それが働くことだと思っていた。けれど、そうではない気になってきた。
「悩んでいるようだね。実は働くの語源ってあるんだ。働くとは『傍を楽にする』という意味があるんだよ」
マスターは『傍』という漢字を紙ナプキンに書いてくれた。
「この漢字の意味、わかるかな?」
「えっと、端っこの方とか、そういう意味じゃなかったかな?」
「うん、その意味もある。もう一つはすぐそばにいる、という意味。つまりシンジくん、君の周りにいる人のことだよ」