「あの、これどういう意味なんですか?」
「あはっ、それは飲んでみればわかりますよ。当店で一番お勧めのオリジナルブレンドです」
なんだかちょっとワクワクするな。コーヒーで今よりも幸せな気持ちになれるってどういうことなんだろう?
「じゃぁ、私はこれで」
「オレはキリマンジャロをもらおうかな」
ちょっと夫は通ぶっているところがある。それに文句を言っても仕方ないが。
「翔太はジュースにしようか。りんごでいい?」
「うん」
「それではシェリー・ブレンドとキリマンジャロ、そしてアップルジュースでよろしいですか?」
「はい、それで」
「マスター、オーダー入ります」
注文したコーヒーがくるまで店内を見渡す。なんだか落ち着く空間だな。ちょっとシックな感じがして大人の雰囲気がある。店内にはジャズが流れているし。
先生はこのお店の何を参考にさせようとしているのだろうか? 私の思っているお店とはイメージが違うんだけど。
「ねぇ、ボクお名前は?」
女性店員が翔太に話しかけてくれた。
「しょうた」
「しょうたくんっていうんだ。いくつかな?」
翔太は照れくさそうに五つの指を大きく広げている。
「そう、五歳なんだ。食べ物で何が好きかな?」
「んとね、パンが好き」
「そう、パンが好きなのね。どんなパンが好きなの?」
「んとね、アンパンマンのパンと、チョコレートのと、クリームの入ったのと」
店員さんはとても子どもなれしているみたいで、翔太も徐々に話をするようになった。
「しょうたくん、クッキー好き?」
「うん、大好き」
「じゃぁ、おねえちゃん特製のクッキーをあげるね」
女性店員はそう言うと、お皿に何枚かクッキーを入れて持ってきてくれた。一緒に翔太のアップルジュースも。翔太は早速クッキーの一つを口に入れ、満足そうな顔をしている。
「おいしい」
子どもの素直な感想。その翔太の笑顔を見て私はなんとなく微笑ましくなった。うん、こういう子どもの姿を見たいんだよな。
私のカフェレストランでも、子どもが安心して食べていられる。そんなことをイメージしていた。
「よかったらお父さんもお母さんもどうぞ」
「えっ、いいんですか?」
「じゃぁ遠慮無く」
夫はすぐに反応。私も真っ白のクッキーを手に取り口に入れる。
うん、これおいしい。口の中でとろける感じがする。
ちょうどそのタイミングでコーヒーが運ばれてきた。まだ口の中に残っている甘いものを流しこむようにコーヒーを口にした。口の中で甘さと苦さがうまく調和して、さらに世界が広がる。同時に、たくさんの人の顔が思い浮かんできた。
千夏、士門くん、先生、他にもまだ見たことのない人たち。多くの人が私に手を差し伸べてくれる。次々とその手を握っていく私。みんな笑顔だ。こんな感じでたくさんの人に支えられ、そして一歩ずつ階段を登っていく。その度に不安が安心へと変わっていく。そして私自身も笑顔になっていく。そんな映像が頭の中に思い描けてきた。
「お味、いかがでした?」
店員さんのその声でハッと我に返った。
「えっ、あぁ、おいしかったです」
「うん、最高においしいね、これ。ここで売っているんですか? 今度会社に持って行こうかな」
夫はクッキーの味に満足した様子。でも私はさっき見た不思議な光景が頭から離れない。