第52話 儚いもの、叶うもの その4 | 【小説】Cafe Shelly next

【小説】Cafe Shelly next

喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「あの、これどういう意味なんですか?」

「あはっ、それは飲んでみればわかりますよ。当店で一番お勧めのオリジナルブレンドです」

 なんだかちょっとワクワクするな。コーヒーで今よりも幸せな気持ちになれるってどういうことなんだろう?

「じゃぁ、私はこれで」

「オレはキリマンジャロをもらおうかな」

 ちょっと夫は通ぶっているところがある。それに文句を言っても仕方ないが。

「翔太はジュースにしようか。りんごでいい?」

「うん」

「それではシェリー・ブレンドとキリマンジャロ、そしてアップルジュースでよろしいですか?」

「はい、それで」

「マスター、オーダー入ります」

 注文したコーヒーがくるまで店内を見渡す。なんだか落ち着く空間だな。ちょっとシックな感じがして大人の雰囲気がある。店内にはジャズが流れているし。

 先生はこのお店の何を参考にさせようとしているのだろうか? 私の思っているお店とはイメージが違うんだけど。

「ねぇ、ボクお名前は?」

  女性店員が翔太に話しかけてくれた。

「しょうた」

「しょうたくんっていうんだ。いくつかな?」

 翔太は照れくさそうに五つの指を大きく広げている。

「そう、五歳なんだ。食べ物で何が好きかな?」

「んとね、パンが好き」

「そう、パンが好きなのね。どんなパンが好きなの?」

「んとね、アンパンマンのパンと、チョコレートのと、クリームの入ったのと」

 店員さんはとても子どもなれしているみたいで、翔太も徐々に話をするようになった。

「しょうたくん、クッキー好き?」

「うん、大好き」

「じゃぁ、おねえちゃん特製のクッキーをあげるね」

 女性店員はそう言うと、お皿に何枚かクッキーを入れて持ってきてくれた。一緒に翔太のアップルジュースも。翔太は早速クッキーの一つを口に入れ、満足そうな顔をしている。

「おいしい」

 子どもの素直な感想。その翔太の笑顔を見て私はなんとなく微笑ましくなった。うん、こういう子どもの姿を見たいんだよな。

 私のカフェレストランでも、子どもが安心して食べていられる。そんなことをイメージしていた。

「よかったらお父さんもお母さんもどうぞ」

「えっ、いいんですか?」

「じゃぁ遠慮無く」

 夫はすぐに反応。私も真っ白のクッキーを手に取り口に入れる。

 うん、これおいしい。口の中でとろける感じがする。

 ちょうどそのタイミングでコーヒーが運ばれてきた。まだ口の中に残っている甘いものを流しこむようにコーヒーを口にした。口の中で甘さと苦さがうまく調和して、さらに世界が広がる。同時に、たくさんの人の顔が思い浮かんできた。

 千夏、士門くん、先生、他にもまだ見たことのない人たち。多くの人が私に手を差し伸べてくれる。次々とその手を握っていく私。みんな笑顔だ。こんな感じでたくさんの人に支えられ、そして一歩ずつ階段を登っていく。その度に不安が安心へと変わっていく。そして私自身も笑顔になっていく。そんな映像が頭の中に思い描けてきた。

「お味、いかがでした?」

 店員さんのその声でハッと我に返った。

「えっ、あぁ、おいしかったです」

「うん、最高においしいね、これ。ここで売っているんですか? 今度会社に持って行こうかな」

 夫はクッキーの味に満足した様子。でも私はさっき見た不思議な光景が頭から離れない。