「へぇ、ケーキ屋さんですか。私もいつか自分のお店を持ちたいと思っているんですよ」
「それで今は河原と同じお店で修行をしているんですか」
「はい、今は河原さんにいろいろと指導をいただいています。それで今日はここに行けと言われて来たんです。私に足りないものがわかるから、と言われて…」
ここでマスターは何かを悟ったみたい。にっこりと笑ってこう言ってくれた。
「なるほど、河原らしいな。じゃぁちょっとおまけを付けてあげましょう」
そう言ってマスターはランチの準備を始めた。私はそれをぼーっと眺める。すると今度は後ろから声をかけられた。
「あの、河原さんと同じ職場にいらっしゃるということはパティシエなんですよね」
「え、あ、はい」
声をかけてきたのは店員の女性。すごくかわいらしいな。
「もしよかったら教えて欲しいことがあるんですよ。私、ここでクッキーを焼いているんですけど、どうしても見た目がうまくいかないんです。何かコツがあるんですか?」
クッキーか。私はケーキのデコレーションは得意技。でも河原さんはそれに何かが足りないと言ってたな。クッキーのコツは知ってはいるけど、あまり積極的にやろうとは思っていない。でも、せっかく尋ねられたんだから答えてあげなきゃ。
「どんなクッキーを焼いているんですか?」
「あ、それならランチのおまけにつけてあげるからもう少し待ってて」
横からマスターがそう言ってきた。
「はい、ホットサンドと特製コーヒー。デザートはもう少し待っててくださいね。マイ、デザートの方よろしく」
マスターがカウンター越しに渡してくれた。コーヒーのいい香りがする。まずはそのコーヒーを口に含む。そのとき、なぜか私のふるさとのイメージが頭に浮かんできた。なつかしい香り。ちょっと田舎町だけど、ほのぼのとした雰囲気がある。そしてそこに一軒のケーキ屋さんがある。そんなに洒落たものじゃない。けれどそこには笑顔と愛情がたっぷりと注がれている。そしてそのお店に立っているのは私。そう、私はこんなケーキ屋さんがやってみたいんだ。ふとそんな空想を思い描いていた。
「おいしいコーヒーですね。なんだか私のふるさとの香りがします」
「へぇ、それはいいですね。他に何か感じたものはありますか?」
感じたこと、それはさっき空想で描いた未来のケーキ屋さん。明るい笑顔と愛情に包まれた私の店。でも、これを口にするのはさすがにはずかしい。だって、コーヒーを飲んでそんな空想を思い描いただなんてさすがに言えない。私は愛想笑いで場をにごし、ホットサンドにかぶりついた。
しばらくするとさっきの女性、確かマイさんって言ってたな、がケーキを運んできた。さらにクッキーも付け合わせでのっている。
「これが私の作ったクッキーなんです。そしてケーキのデコレーションも私がやったんですよ。あまり見た目がきれいじゃないけど」
ケーキとクッキー、確かにどちらも見た目は素人っぽさが出ている。神無月の店でこんなものを出したらこっぴどく叱られるのは目に見えている。でもここではそんなことは言えない。
「わぁ、おいしそうじゃないですか。いただきまーす」
私は先にクッキーを口にした。続けてコーヒーを飲む。そのとき、一瞬にして私は別世界へと足を踏み入れた。
そこはクリスマスの飾りに彩られた世界。そんな中、楽しそうにパーティーをしている人たちがいる。
「あ、主役が来た!」
誰かがそう言う。その瞬間、クラッカーが鳴り響く。それは私に向けられたもの。
「お誕生日おめでとー」
そうか、今日は二十四日、クリスマスイブであり私の誕生日なんだ。今までこんなふうに祝ってもらったことはない。そのパーティーの輪の中で私は楽しそうにはしゃいでいる。そっか、クリスマスイブってこんなに楽しいものだったんだ。
そして出てきたケーキ。サンタの飾り付けと一緒に私への誕生日メッセージが書かれている。それを運んできたのは、なんとスーシェフの河原さん。
「ほら、お前のための特製ケーキだぞ」
口調はぶっきらぼうだけど、そこには愛情を感じることができる。私は思いきってろうそくを消す。あぁ、こんなにみんなにお祝いされてとても幸せ。この感動を形にしたい。もっと多くの人に分けてあげたい。