なんだか今年は変な天気です。

昨日は、夕方に思わぬ雪が舞いました。

寒いわけです。

お風呂に入ると、足の指先まで熱い湯がしみ込んでいきます。

 

O・ヘンリーのニューヨークを題材にした短編を読んでいるのですが、相手との距離感を縮める駆け引きはいつの時代も同じだな、とつくづく思います。

こと、男女の間に横たわる河をどうやってスマートに泳いで目標としている対岸へと辿りつくか、なんて微笑ましいくらいです。

いちばんの原動力は恋をしている気分なんですね。

まっすぐに突き進む豊かな推進力を創造します。

プラトニックなピュアな気持ちが、そこかしこに横溢しています。

 

例えば、ローマ帝国や戦争を題材にした映画をひとつとってみても、人への純粋な愛が底にずっしりと横たわっているもの。

それは、至極自然なことなのかもしれません。

 

社交ダンスでのダンスタイムの時に、私は椅子に座って皆さんが楽しそうに踊られているのを見るのが大好きなのですが、女性同士よりもやっぱり男女のペアで踊られているほうがしっくりときます。

 

異性の笑顔やサムシン・エルスは、意図とは無関係に、相手の感情のどこかに何かを訴えるものがあるのですね。

それが、一方的になれば、満員電車の痴漢やストーカー行為を引き起こしてしまったり、カリスマ的な女性に言いくるめられて詐欺に遭うことになるのでしょうね。

 

気持ちを上げる薬にもなれば、毒にもなる。

恋は盲目、なんて歌にもありますが、ずいぶんと昔から、風邪と同じように、恋についての特効薬は発明されていないのでしょうね。

だからかもしれませんが、胸を焦がしながら、その都度一つずつ大人への階段を上っていくのでしょう。

でも、ある意味どこまで上がっていっても、世間の言う“大人”にはなれっこないのですが……。

 

伊東ゆかりさんが歌う『こんな優しい雨の日は』という曲は、今日のような天気にはうってつけですね。

振り返って、あの頃の気持ちをそっと思う。

そんな素敵な歌詞です。

粋な大人の女性だな、と思わせるのに十分な雰囲気ですね。

アルバム『ミスティー・アワー』より。

 

先日、ノートを買いました。

すぐ見目が飛びつきます。

なんだかこのノートを使えば、夢への距離がぐっと近づきそうな気がして……。

『A DESIRE TO LEARN』、Campusではないその文字に、未来を感じます。

研究、勉強、研鑚、まぁ、色々と意味は付けられますが、『学ぶことへの情熱』ですかね、私が思ったのは。

それだけで、気持ちが上がります。