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<シリーズ・自由研究ノート>

 

【お断り】

 

「シリーズ・アドラー心理学キーワード」、長きにわたって閲覧有難うございました。

 

後を受けたアドラー関連の新シリーズですが、今回もアドラー心理学についておさらいをしておきます。

 

次回から本番に入りますので宜しくお願い致します。

 

 

【勇気づけの嵐・3】

 

<勇気づけ>

 

何度か出てきましたが、勇気づけとは、困難を克服する活力を与える事を言います。

 

アドラー心理学では、バンジージャンプを始め、フランス料理店で焼きそばを注文したり、ヤンキーくんの前でクラッカーを鳴らしたりするのは、蛮勇と呼んで勇気と区別しています。

 

相手に対する勇気づけ技法は、上からの操作・支配ではなく、横並びの相互尊敬・相互信頼に基づいていますので、アメ(上からの評価目線でほめる。ほうびを与える。)とムチ(恐怖で動機づける。罰を与える。)は禁じ手です。

 

また減点主義でなく加点主義です。

 

内発的動機づけによって自力解決できる様に支援するんですね。

 

ほめる事と勇気づけの違いについて「ELM」の表からご紹介します。

 

        ほめる                         勇気づける                 

  ・優れている点を評価し、賞賛する事          ・困難を克服する活力を与える事

  ・相手が自分の期待している事を達成した時     ・相手が達成した時だけでなく失敗した時

   (条件付き)                          もあらゆる状況で(無条件)

  ・行為をした人に与えられる                ・行為に対して与えられる

  ・評価的態度                          ・共感的態度

  ・上下関係                            ・対等の関係

 

これらの違いがよく分かる例をご紹介しましょう。

 

1)ある子供のアート作品に対し、「よくできたね」(ほめる)と声をかけると、次にも同じ様な絵をまた描くが、「すごい」「びっくりした」(勇気づけ)と声を上げると、それとは違った絵を次々に描いてくれる。

 

2)ある保険会社ではサマーキャンペーンと称して、契約保険料のノルマ達成代理店には報奨金を出す事にした。(ほうび)

その結果、当月だけは確かに契約は延びたが、他の月はさっぱりになった。中には、架空契約らしきものもたくさんあって、翌月には解約が相次いでいた。

 

勇気づけを継続していると、劣等克服についても、対他競争より対自改善に目が向き、自己肯定感が強くなり、貢献感に繋がって、後述の共同体感覚が大きくなります。

 

「ELM」から、勇気づけに必要な態度、技術、そして効果をご紹介します。

 

(1)相手に対し

 

・尊敬、信頼、共感の態度。

・感謝を表明する事。

・ヨイ出しをする事。

・聴き上手に徹する事。

・相手の進歩、成長を認める事。

・失敗を許容する事。

・減点主義でなく加点主義。

 

(2)自分に対し

 

・受容力:欠点があっても自分を受け入れる。

・価値転換力:障害を傷ではなく財産と見なす。

・教訓力:失敗を学習の材料にできる。

・復元力:落ち込んでも歯止めをかけ、復元させる事ができる。

・状況転換力:ピンチをチャンスに変える事ができる。

・楽観力:自分の未来にポジティブで楽観的でいられる。

・共感力:他者の関心にも配慮できる。

・寛容力:他者の欠点にも寛容でいられる。

・協力的:競争せず、協力的な態度をとれる。

・主張力:主張的な要求ができる。

 

(続く)

 

 

【アドラー心理学と信仰・愛について(対神関係論)・3】

 

<共同体感覚>

 

「共同体感覚」はアドラー心理学が用意している答え-目指すところです。

 

影響を受けていて技法が似ている他の学派の理論や療法にはこれがない様です。

 

つまり、他と一線を画し、アドラー心理学の肝となっている重要な概念です。

 

共同体感覚とは、人が生きていく場への積極的な所属と参加の感覚を言います。

 

細かく言うと自己肯定感、所属感、他者への基本的信頼感、共感、貢献感等です。

 

これらは後で説明しますが、互いに関連し合っています。

 

アドラー心理学によって共同体感覚が育成されると、共同体の利益にとって好ましい、さらには共同体への貢献によってやる気を見い出す様な、建設的で幸福な生き方ができ、精神的な健康を保てます。

 

軍医をしていたアドラーは、第1次世界大戦の悲惨な状況を目の当たりにして以後、「【勇気づけの嵐・3】<理論>4)実存主義」で述べた自力救済を目指すに当たって、人類全体が、逃げないで、しかも謙虚さ、感謝、愛を持って、横並びで貢献すると言うこの共同体感覚で劣等克服すべきという考えを導き出したのです。

 

共同体感覚は単なる社会適応だと誤解される事も多いですが、アドラーは最初から共同体が小さな社会ではなく、全人類的なもの、更には「到達できない理想」と言ってます。

 

ファシズム社会には適応したくないですよね。

 

アドラーの自著「生きる意味を求めて」の終わりの方では、見たり確かめたりできないものについて考える学問である形而上学をもってきて、目の前にある社会に留まらない理想としての共同体について説明してはいますが、暗に神の事を言っているのではないかと思われ、宇宙的でスピリチュアルな概念まで拡大して捉えられています。

 

同著の解説では、岸見一郎先生が、共同体はイエスの言う贈与型社会に当たるとも言われています。

 

これは何も全人類的な貢献が必要という意味ではなく、身近なところで、相手の利益を考えて尽くせば、自然に拡大していくと考えています。

 

神の存在あるいは信仰を意識する事に抵抗がある方には、代わりに、理想の目標として共同体感覚を捉えて頂けると良いのかなと考えます。

 

この場合、人間は、蜂等と同じく社会が無いと生きていけない弱い生き物なので、社会で暮らす以上、所属本能にも叶う共同体感覚の理論は、有り難いものであると言う考えが適用できます。

 

人は100%利他的にはなれないんですね。

 

 

<流れるまとめ>

 

さて、本ブログに今まで登場したワードを流れの中にぶち込むと、アラ不思議!

 

人生がこれだけで見れちゃいます。

 

どうぞご賞味下さい。

 

(1)劣等克服-目的

 

アドラーは病弱と言う劣等性を克服し医師になりましたが、この様に、人間は基本的に対自改善、すなわち自己の現状から劣等克服する目的で生きていくと捉えています。

 

人間は、無意識的である場合が多いのですが、目的や究極目的である目標の追求を理由として行動し、これは劣等克服という積極的動機によって行われると考えるんですね。

 

そして劣等感は単に湧き起こってくる主観的な感情であって、客観的劣等性解決の手段になったり行動のし方に影響を与えたりしますが、行動の理由ではありません。

 

感情に突き動かされているのでなく、あくまで克服という目標追求の為に行動するのです。

 

なので劣等感なしで劣等性の克服に向かう場合もあります。

 

この劣等性、劣等感は、自分の中に於ける理想と現状のギャップから生じますので、運命、遺伝、器質的な障害、満たされない衝動、やって来る困難や災難、トラウマ、対人関係の課題、仕事やスポーツの技術等が関わってくると思われます。

 

(2)非建設的言動-共同体感覚・勇気が小さい

 

人それぞれ培われて来た色メガネ・認知バイアス・信念により、客観的現実の主観による捉え方は様々で、それによって出来上がったライフスタイル(性格)も千差万別。

 

さて先述の劣等克服が、活動的なライフスタイルの使用でもって非建設的な方向に極端に走ると、「人間は全能だ」という、傲慢でちょっと困った所に行き着く恐れがあります。

 

対他競争的で自己中、操作・支配が前面に出て来てしまい、よく有りがちなのは、金権・・・とか、悪徳・・・とか。


私自身の体験からは、自分の事しか考えてないと、仕事や商売に成功しないし、何より対人関係で、トラブル続出です。

 

毎日のニュースで知らされる犯罪を始め、戦争やテロもこうした姿勢の人が集まって起こります。

 

また育児面では、関心引きや主導権争いが問題になります。

 

それからこれは回避とも考えられますが、下記の劣等コンプレックスに続いて起きる優越コンプレックスによる他者への見下しや虚栄心もそうでしょう。

 

劣等感をごまかす為、あたかも自分は優越であるかの様に振る舞うのです。

 

速水敏彦さんの「他人を見下す若者たち」と言う著書に出てくる最近の若い人の特徴も、正に二次大戦前から活躍したアドラーが研究し指摘していたんですね。

 

別の非建設的な対応は非活動的な回避による自衛です。

 

引きこもり、無気力等は珍しい事例ではありません。

 

言い訳をして困難から逃げたり、錯誤行為を始め、神経症や精神病に逃げ込んだり、自殺で課題を避けようとします。

 

また全体論で書いた様に、心も体も一丸で目標を追求するので、疾病利得と言って、器質的に体に異常をきたしたりする事もあります。

 

これは劣等性、劣等感と区別し、劣等コンプレックスと言っています。

 

回避が、目的としての劣等克服になると言うと、ピンと来ないかも知れませんが、「逃げるのは自分が病気だから仕方が無いのですよ」と相手に思わせる事で、ハードルを下げた上で、克服を果たしているのですね。

 

これら二つの非建設的でネガティブな劣等克服に共通している事として、関心がほとんど他の人の利益や幸福に向けられていないと言う事があります。

 

共感、共同体感覚が欠乏しているこの点に、特に注目して頂きたいと思います。

 

(3)建設的言動-共同体感覚・勇気が大きい

 

「<勇気づけ>」のところで、勇気づけ技法は横並びの相互尊敬・相互信頼に基づいていると説明しましたが、共同体感覚と勇気づけは、相互に関係し合っていて、ヒューマンギルドの岩井俊憲先生は「勇気づけの心理学」と言う著書で、それらは車の両輪と述べられています。

 

つまり共同体感覚を目指して勇気づけすると共に、共同体感覚を身につけると自他の勇気づけができる様になります。

 

両側で支え合って前に進んで行くイメージです。

 

劣等性、劣等感、やってくる困難や災難、トラウマ、対人関係のタスク等を建設的な方法でポジティブに克服していく事で、心身共に健康な幸福・平和を目指して前に進めます。

 

ロバート.W.ランディンの「アドラー心理学入門」という著書には、「治療は共同体感覚を体験させる手続きである」と書かれていて、これも勇気づけの事になりますね。

 

人知を超えた大きな力に生かされている事や他の人への感謝→自他の不完全さを認め裁かずに赦す→自己肯定、自己勇気づけ→自己中からの脱却、他者への貢献等の共同体感覚、他者への勇気づけ、建設的な劣等克服と言う流れになります。

 

愛と感謝は、共同体感覚が欠乏した非建設的で自分にしか関心がない状態では難しいですね。

 

<ひとめまとめ>

 

以上のワード詰め込みオンパレードで、かえって分かりにくくなってしまった方は、次の様にイメージすると人生が一目で見えて来ます。

 

これは岸見一郎先生の「アドラー心理学の諸問題(1)」という論文に紹介されていたのですが、アドラーとウィーンで活動を共にしたリディア・ジッハーが述べた共同体感覚のイメージを参考にしたものです。

 

(2)非建設的言動-「共同体感覚・勇気が小さい」のイメージ

 

「劣等克服の為、間違った方法で上に登り詰めようとする。主導権を取ろうとして、人を下に蹴落としたりする。又、困難にめげ下の方で落ち込んだりする。」

 

(3)建設的言動-「共同体感覚・勇気が大きい」のイメージ

 

「みんな同一の平面で協力し合い、行きつ戻りつ、少しづつ前に進んでいく。」

 

幸福を目指す為、技法を駆使して(2)から(3)への移行を支援するのがアドラー心理学です。

 

(続く)

 

 

<シリーズ・オリエント急行の旅・3>

 

この記念行事を企画したフジテレビの沼田プロデューサーは、以前番組で取り上げたオリエント急行がイスタンブール止まりな事に疑問を抱き、本家オリエントの日本まで走らせられないものかと思いつきます。

 

ただ船で運んできて、静かに飾っておくのでは意味がなかったんですね。

 

しかし、鉄ちゃんではなかったので、その筋に相談を持ち掛けますが、技術的に不可能と、一笑に付されてしまいます。

 

でも熱意を持ち続けると救い主が現れるのが世の常。

 

JR東日本の会長を務められ当時は副社長だった故山之内秀一郎さんです。

 

「とんでもない事を考える人」と言いながら、善き協力者となって行きます。

 

因みに、氏の鉄熱はハンパなく、国鉄名古屋局の運転部長時代には、中津川からサヨナラ運転のD51に乗り込み、難しいかま焚きを見事に披露し周りを驚かせました。

 

山積する課題を解決し、パリのリヨン駅から、保存SL等、各国の機関車に引かれ、香港からは船積みで来日した伝統的車両が、オリエント日本を走り回りました

 

正に夢の様な出来事で、多くの方の勇気が実を結んだのですね。

 

(続く)

 

 

<鉄道動画集>

 

 

YOU TUBE「スヌーピー1」からご覧下さい。

 

 

(続く)

 

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