吉田篤弘さんの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」を再再読する。はじめて読んでからこのペースでの再再読は、そうそうない。その上、読むごとに何か新しい心を見つけて、読むたびに何か新しい感情を生み出してくれる。
その先、ストーリーがどうなっていくのか分かっていても、確かな瞬間に感動し、確かな場面で暖かくなる。それはやはり村上春樹を読んでいても得られる感覚なのだけれど、それにしても心地良い。何度も読み返すというコトの意味や、良さ、楽しさを感じさせてくれる。
さて、そうだな。しばらくぶりな気もするし、そうでない気もするのだけれど(それだけもはや、日常の一部になってしまったということなのか)、村上春樹、ひいては『ねじまき鳥クロニクル』と『ダンス・ダンス・ダンス』を再読しようか。もう何回目だろう、分からない。
スパゲティーを茹でたり、アイロンをかけたり、ピナ・コラーダに想いを馳せたり、トレンディじゃないシックな服を纏ったりして、読む。本を読む環境で、思いのほか素晴らしいなぁと毎度思うのは、「何もない気持ちよく晴れた休みの日に、さしたる予定もなく、ぶらぶらしようと遠くの街に出かける時、その道中の揺れる空いた電車の中で、ゆったりと座りながら、読む。気が向いたら飴を口にほうりこんで、気が向いたら少し目を閉じてみて、気が向いたら音楽を聴いたりもする」……、そんな感じ。あぁ、良いなぁ。
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僕らはおうおうにして忘れながら生きていく 何もかもを留めておけはしない
あるいはもはや夢の中の出来事のように かえって消えてくれれば楽だろうに
けれど現実はそれほど 上手く作られてないから
ほんの一瞬ずつを僕らは切り取って まるでポラロイドフィルムを並べていくみたいに
記憶のバインダーに想いを貼り付けていくんだ
そう 君との懐かしく暖かい日々をここに
何処かで聴こえたんだ 「踊るのさ 上手にね」 ステップはちょっと複雑なんだけれど
感じあって損なわれて 手にして抱きしめてみたり 僕らのいる世は大抵そんなもんだ
だから現実を出来るだけ 見失ってしまわぬため
ほんの一瞬ずつを僕らは切り取って まるでポラロイドフィルムを並べていくみたいに
記憶のバインダーに想いを貼り付けていくんだ
そう いつかの苦しくて悲しい日々でさえも
廻れ廻れ 止まったり転んだりしないで 踊れ踊れ ステップを踏み外したりしないで
ほんの一瞬ずつを僕らは切り取って まるでポラロイドフィルムを並べていくみたいに
記憶のバインダーに想いを貼り付けていくんだ
そう 君との懐かしく暖かい日々をここに
そう 君との眩くて煌く未来をここに
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なんというか、カメラに関する良いこと(僕自身に直接的な何かではないのだけれど)があったから、モノについて書くということでなく、違う雰囲気で。画像がない更新なんてのは、いかにも楽しげではないんだけれど、そんな日もあっていいかもしれない、と。それでこそ、本当は僕が昔からやりたかった、本来の理想のブログの姿かもしれないなぁ、と。
言葉は良いな、と思う。同時に、唄は良いな、と思う。僕は自分の考えや感情を表現することが、様々な面において得意とは言えないからかもしれないけれど、文章や唄やモノというのは、僕にとって欠かせない存在で。
だからこそ、なるべく大切にしたいと思う。紡いだ言葉を、並べたメロディーを、作り出したモノを。なんせ、そうすることくらいしか、出来ないもんだから。なんのこっちゃ。
追記:って、少し夜更かししていると(特にすることもなく音楽を聴いていたのだけれど)、日テレですごい番組が。深夜12時55分より、「2クール」。小林聡美さんと、もたいまさこさんのコンビだ。なんて素晴らしいんだろう。まさか、偶然こういう風に初回から見れるとは。日テレはずるいな、こんな組み合わせ、企画がどうだろうがゲストがどうだろうが、すこぶる暖かいに決まってるじゃないか。……これから毎週土曜は夜更かしの曜日だなぁ。でも、毎週が愉しみ。 arlequin