21:30
白い息をはきながら、駐車場から捜査員が店へ向かい、
スモークガラスのしぶい動きのドアを押し中へと、
捜査員は、ピンクのミニスカートをはいた小太りのアテ(年長呼称)に、
東京入国管理局の者、と事務的に伝えます。
キッチンから、おツマミのフライドポテトを、
テーブルへ運ぼうとしていたアップル、21歳は、
ポテトの皿を静かに置き、自身のタイトミニスカートを、
引き上げ、二階へ駆け上がります。
二階へ、あと一段のところで「チッ!」と舌打ちし、
右足で急ブレーキをかけ、
プリントベニヤ板の壁を両手で抑えるように止まり、
階段を二段抜かしで降ります。
「タイムカード」を抜き忘れたのです、
それと、お気に入りのネイビーブルーの、
「スケッチャーズ」スニーカーも。
裏口外に、別の捜査員がいることは、
フィリピンパブの人間なら誰でも知っていて、
アップルはラックから自分のカードをつまみ上げ、口にくわえ、
猛禽類が魚を捕るように、人差し指と中指で、
スケッチャーズを引っかけ、再び階段を駆けます。
二階の腰窓から見える、隣の古いアパートの外通路、
その錆びた鉄パイプフェンスが、このビルと並行していて、
アップルはまず、そこへスケッチャーズを投げ、
腰窓の引き戸を閉めてから、サッシ枠に掴まり、
パイプフェンスへと、長い脚を伸ばします。
彼女は窓が開けっ放しは「ヤバい」と直感して。
つま先がわずかに触れたとこで、荒くなる呼吸を整えながら、
足をそおっと運び、土踏まずを載せ、飛び移り、
フェンスから半ば落ちるかたちで、
受け身をとりますが、両手のひらと、右ひじを擦りむき、
タイムカードには、しっかりと歯型が残り、
タガログ語で毒づき、スケッチャーズに足を滑りこませます。
耳を澄まし、目を、頭を働かせ、
胸の前で、小さく十字をきり、ダッシュ、
通い慣れた道、どこが暗く安全かは十分知っています。
翌日、連絡を受け妻と一緒に様子を見に行くと、
「擦りむいちゃったヨ~、ストッキング穴空いちゃうシ~」と、
スケッチャーズを履いた「野生のインパラ」は元気そう。
きっと、
この先も、なんとか切り抜けることが出来るでしょう。
サバンナを駆け、チーターを振り払う、
「野生のインパラ」のように。
みなさん、よいお年を。