所  謂、  東  京  散  歩。 -41ページ目

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

olym


 やっとフィナーレですネ~“オリンピック”。
 
 選手には遠く及びませんが、
 真夜中・早朝の観戦では
 そうとうに体力を削られました。
 でもスポーツはLIVEで応援しないと意味がないし・・・。
 一番のドキドキは会場が一瞬無音になって
 トラックに集中したボルトの100m決勝かな~。
 やっぱり、終わっちゃうのは寂しいです。
 
 写真は山手線のアドトレイン「ガンバレ! ニッポン!」号の車内。
 8/17(金)までの運行予定なので、
 閉会式が終わってもここなら
 しばらくオリンピック気分に浸れそう。
 ※11車両1編成なので、この電車の“トラック”の直線は約220mあります(^_^)v(走らないでの注意書きあり!)


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honngan

 
 新大橋通りに面して建つ「築地本願寺」。
 でも「築地」に初めて来て
 お寿司を鱈腹食べた後に対面した人は、
 あまりのインパクトに消化不良になりそうでもある
 強烈なその佇まい。
 日本のお寺とは思えない
 どこもかしこも“古代インド様式”の意匠です。
 
 日本橋にあった「魚河岸」が
 ここに移転されたのは昭和10年(1935年)の事。
 しかしその250年以上前に「築地本願寺」はこの地に完成していました。
 もともと「築地」の地名の由来は、
 この寺を建てるために海を埋め立てて『築かれた土地』なのです。
 ※インド風に建て替えられたのは、「築地市場」ができる前の年です。

 正面右の建物には
 喫茶店や日本料理のお店も入っています。

 ここは思い切って「インド」と「築地市場」のコラボ・
[本場インド風・海鮮カレー]のお店を開いてくれないかな~。
 ここが大きな「カレー屋さん」だと思えば、
 自分を納得させることができそうなので・・・。



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AZEKURA


『正倉院』と言えば「校倉造り」、
「校倉造り」といえば『正倉院』。
 三角柱の柱を内側が平らになるように
 “井桁状”に組み上げ壁とする、
 日本では[弥生時代]頃から
 倉庫などに用いられた工法です。

「正倉院の校倉造りは夏の湿気で木が膨張して外気を遮断、
 冬の乾燥で木が縮まりできた隙間で通風する
 至宝を保存するのに最適な・・・」と
 学校で教わりませんでしたか?
 実はコレは真っ赤なウソ、迷信のようです。
 壁には重い荷重がかかるため伸縮する余地などは無く、
 調査でもそんな現象は認められなかったとか。

 俗説だと分かると
 二千年以上の時を越えた「校倉造り」のありがたみが
 少し薄れた気がして・・・。
「それじゃ~、鉄筋コンクリートで造っても同じジャン!」と
 古典芸能の保存の為に建てられたのが
 この『国立劇場』です。
 んな流れなわけは、ありませんが・・・(T▽T;)


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seibou


 荒川区役所本庁舎のエントランスガーデン「荒川公園」。
 昭和50年から始まった「緑と彫刻のまちづくり事業」の一環として
 園内には品良くたくさんのアート作品が並んでいます。
 
 そしてそのセンターポジションにあるのが
 銀色に燦然と輝くアルミニウム製のこの像、「」。
 長崎の平和公園にある“平和祈念像”の作者としても有名な
 故・北村西望氏の作品です。
 
 北村氏は
 南有馬町の名誉町民・島原市の名誉市民・武蔵野市の名誉市民・
 北区の名誉区民・長崎県の名誉県民・東京都の名誉都民という
 これでもか状態の名誉市民コレクターですが、
 残念ながら荒川区との関係は特別には・・・。
 
 荒川区に住むのが「夢」だったのかも?


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SAKE


 お酒大好きな大酒飲みの『酒飲み地蔵』かと思いましたが、
『酒呑み地蔵』はどうも違うようです。

【飲む】と【呑む】。
【飲む】は水やなどの液体の場合。
【呑む】は薬や飴玉のような固体の時。
 また、“我慢する”の意味でも【呑む】は使われ、
「涙を呑む」「息を呑む」などがその例です。

 江戸時代、
 ここ幡ヶ谷村で働き者で有名だった男が
 普段は飲まない酒を正月に頂き、
 酔って川に落ちて死んでしまったそうです。
 男は死んだ後もそのことを心から悔やみ
 村人たちの夢に現れ地蔵を作ることを懇願。
 幽霊の願いで立てられたのが
 この『酒呑み地蔵』だそうです。

 “酒は飲んでも、呑まれるな”、
 いつの時代も忘れてはいけない戒めですね~。
 ※何度朝になって後悔したことか・・・、私こそお参りが必要(T_T) このお地蔵様は和泉川跡・地蔵橋(渋谷区本町)から、昨年この地に移転されたもの。


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gumi


 “新食感”を売り物にする食べ物は
 たくさんありますが、
 私の中のNo.1は“グミ”。
「果汁グミ」「ぷっちょグミ」「シゲキックス」「ハリボー」など
 微妙な食感の違いはありますが、
 甲乙付け難しの美味しさです。
 昔はこんな歯ごたえのお菓子
 無かったナ~。
 
 ここは国会議事堂の左脇を通る道『茱萸(ぐみ)坂』。
 “グミ”は漢字で“茱萸”と書くの?
 
 Wikiによると“茱萸”はグミ科グミ属の植物で、
 果実は食用になるとあります。
 この坂の両脇にたくさん植わっていたとか。
 小さい頃私も
 近所の庭に生えていた植物の実を
「グミ」と呼んでおやつ代わりに口にしていました。
 ※今はその木はなく、どんな味だったのかも・・・? Wikiに載っている実の写真とは違う気がしますが・・・。

 でもでもお菓子の“グミ”はドイツ語の
 “ゴム”を意味する「Gummi」に由来。
 子供たちの噛む力を鍛えるために
 ハリボー社が商品開発をし販売したものでした。
 紛らわしいお話ですが、
 “グミ”は今も昔も
 子供のお気に入りのおやつということで
 勝手に納得!
 ※坂の上は今話題の「総理官邸前」の交差点で、道沿いには警官がずらり。坂の写真を撮っていて“職質”される、歯ごたえの無い私のノンポリ感はいかがなものか?

 
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 下町のヒーロー“あしたのジョー”。
 主人公・矢吹丈の戦い方「ノーガード戦法」の 
 モデルだとも言われているのが
 日本フライ級王座を2度防衛した
 プロボクサーだった故・たこ八郎氏。

 丈は話の終盤「パンチドランカー」の恐怖に怯えますが、
 たこ八郎は「リアルパンチドランカー」な芸風と
 お茶目な人柄のコメディアンとして
 ボクサーを引退後もお茶の間の人気を集めました。
 
 チャンピオン・ホセメンドーサとの最後の戦いで
 丈は“まっ白な灰”のように燃え尽きます。
ラストシーンは20~25通りあったけど・・・」と
 後に“ちばてつや”さんが語っていますが、
 その中には丈がコメディアンに転身するパターンも
 あったのでしょうか?
 ※故・由利徹氏や故・赤塚不二夫氏らが発起人となって立てた「たこ八郎地蔵」の前で・・・。


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sanbiki

 
 ビルの庇の上を住み家とし、
 道を行き交う人間を見下ろす三匹のワンちゃん。
 確実に実物の10倍以上のサイズはあります。
 
 この建物は動物の専門学校の校舎。
 学校のホームページを見ると
 三匹のの立体看板はここ杉並の他、
 墨田・梅田・天王寺などの兄弟校にもあるようです。
 ※ガラス面に張られた“ビーグル”の遺影のような写真も気になりますが・・・(^_^;)

 しかし動物専門学校なら、
 三匹のうち一匹は“猫ちゃん”でもよいのでは・・・?
 と思いましたが、
 ここは“トリマー”や“トレーナー”などを育成する学校。
 お犬様がお客様で、
 猫は全く相手にされていないみたいです。(T_T)グッスン


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pago

 エキゾチックでエスニックな見慣れないこの形、
「チェディ」というタイの仏塔だそうです。
 
 ここは中野区にある「慈眼寺」という
 純日本風のお寺の境内。
 バンコクのお寺で修行をした住職が、
 そこで仏舎利(釈迦の骨)を一粒託され
 タイ式のを本堂脇に建立したようで、
 今では在京タイ人の信仰を集めているとか。
 ※この時、お掃除をしながら挨拶をしていただいた方も、タイの方のようでした。
 
 黄色くなった西日が真横から当たって、
 金色の小さなタイルが貼られた「チェディ」は
 益々ギラギラと目が眩むほど光り輝いていました。
 酷暑も相俟って一瞬だけタイにいるような錯覚に・・・。
 ※周りには子供が登って遊ばないように“A型バリケード”。確かに頑張れば、上までいけそうです(^_^;)v


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hurutatemono

 
 
109の左手に伸びる“渋谷道玄坂”。 
 お洒落なイメージのこの坂には
 こんな廃虚な風景も・・・。
  
 6軒あるのではなく
 実は2軒長屋が3棟建っているのです。
 どれも戦前の建物であることは間違いありません。
 レトロな建物として
贔屓目に見れば、
 そこはフランスの街角の風景のようでもあり・・・。 
 
 2002年頃までは
 数軒の店舗は営業していたみたい。
 今にも取り壊されそうだったので
 慌ててUPしましたが、
 2004年にネットがかけられ
 ず~とこのまま放置状態のようです。
 
 一等地なのにもったいな~い!
 リフォームすれば洒落た一画に
 なりそうなのに。


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