呼吸と間合いを制する者は―一流の「呼吸」 | 「声と言葉で世界を拓く」〜自分の響きを存分に奏でて生きたい人を応援するコーチ、中村公子の公式ブログ

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声と言葉で自分を開く、世界を拓く〜自分の持って生まれた響きで世界と関わりたい人のためのコーチ、中村公子の日々の手帳

 

 

コロンビア戦で大迫選手がゴールを決めた時、

誰かがテレビで大迫選手の「呼吸」のことを言っていました。

 

ボールと共に疾走。

ゴール直前、最後の数歩で、瞬間ふっとリズムを変える。

ほんのかすかな間が空く。

それがすごい。

うまい、と。

 

 

「普通の人」と「すごい人」。

何の分野であっても

最後はそういうところで「違い」が表れるような氣がします。

 

 

 

 

「呼吸」

「間合い」。

 

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わたしがすぐに思いつくのは、「語る」。

それからダンスとか、演劇とか、書道といったそんな場面ですが、

周囲の人に「想像のつく」リズムで動いているうちは、

どんなに「それ」がうまくても、巧みでも、

 

 

「うまいですね~」

 

 

とパチパチ拍手をされて、終わってしまうレベルな氣がします。

そこに「心が動く」(感動)はない。

一通りの「型」が身に染みつき、出来るようになった、その先に、

本当の奥深い世界が、口を開けて待っている。

 

 

 

 

何の世界でも「すごい人」というのは、

 

「相手・場との間合いを瞬時にとらえ、合わせ、

なおかつ

それを最も効果的な質、量、向きで

『変える』(ずらす)ことが出来る人」

 

そのアプローチが自由自在に出来る人、

である氣がします。

 

 

 

人は、自分の中の予測されるリズムが崩されたとき、

「感動」がわきおこる。

(サッカーの場合はシュートが決まる、ということになりますが)

 

 

 

はじめて寄席に行ったとき。

生で落語なんて見たことがなかったのでもう、大感動で、

前座さんの噺からもう楽しくて。

 

「すごい!この人、なんですごいの」

 

と思いながら聞くんですが、

前座が去り、次の人が出てくると、もう、さっきの人など比べものにならないくらい

上手い。惹きつけられる。

 

この現象がそのまま「真打」まで続きました。

今思えば、その違いは「呼吸と間合い」だったなあ、と思います。

前座さんはやっぱり単調。

元氣にリズムをつけているようでも、それはまだ「誰かから借りてきたリズム」であって、

自分のものではない。

 

 

 

ダンス。

例えば普通の人は、4拍のリズムを4拍で均等に動きますが、

上手い人は、そこを8にも16にも分割して、

なおかつ独自の「溜め」と、溜めた分の「爆発」なんかをぶち込んでくる。

 

踊り手の自由自在の緩急の呼吸に、フロア全体が包まれる。

(わたしのつたない社交ダンスの体験上の話です。あしからず)

 

 

 

 

 

「プレゼン巧者」。

 

【理解】(この人が何を言っているかわかった)

を越えて

【納得】(この人の言っていることが腑に落ちた)

を越えて

  

【共感・共鳴】(そうだ、そのとおりだ!自分も何かアクションを起こしたい!)

を聴衆に起こしうる人は

 

話の内容や使う言葉や話す順番や…

といったコンテンツ以外に

上記のことを自然と身体がやれている。

 

 

聴衆と一体となりつつ、惹きつけ、場の空氣を揺らし、動かし…

そして、やがてするするとガードが下がり

「スコン」と開いた観客の感情の扉に、

瞬間、スパン!とゴールが決まる。

 

と、そんな感じでしょうか。

 

 

 

大切なのは、この

「合わせ、なおかつ効果的にずらす」

呼吸と間合いは、

 

目の前の人たち(場)との関係性においてのみ、正解がある。

なので、一回一回違う。マニュアルはない。

(サッカーの例を考えると当たり前ですね)

 

 

これは1対1の対話でも同じ。

 

 

 

 

さて。

ここまで書いて、「呼吸と間合い」は、

人と人の間、場に満ちる「神様からもらった奇跡を起こすためのタイミング」

に人ながら同期するための技、なのかなあ、と思えてきました。

 

神は、その道を愛し、修練した人に、その力を与え給う。

(なんて^^)

 

自身の仕事を通して、「ひとつの真理」に到達してしまう人、

多いですよね。

職人さんなどでも、「その仕事一筋」なんだけれど、

その仕事を通していろんなこを悟り、知ってしまっている方が多いような。

 

 

 

 

 

わたしたちはみな、「発信者」「表現者」。

 

ものをつくることはもちろん、

あなたが目の前の人とかわす日々の何氣ない会話も「発信」「自己表現」。

したがって、「それ」でない人はこの世にいない、

というのは思うところ。

 

 

 

あなたと対する人は、

あなたの身体から出る「波長」を通して、

あなたのエネルギーを通して、

自分の予測をはるかに超えた、まだ見ぬ、まだ知らぬ世界へと連れて行ってほしい。

 

 

見事「連れてゆかれた」瞬間。

それをこの世の中の言葉では「感動」と呼ぶ。

 

そして、

その「あなたにしかできない間合いとリズム」は、

あなたの頭と身体と心、すべてが「あなたらしく活性化」されたときに

発動するものだ、と思います。

 

 

活性化、というのは、あなたにとって大切なものの技術の修練はもちろん

その根っこには

 

自分を信じ、

自分を楽しみ、

そのことを心から愛する、

 

 

と言ったような、自身の「軸」や「熱量」の存在が不可欠なのだなあと思うことです。

 

ワールドカップで毎日見せられる

なんとも神業な「呼吸と間合い」のせいで、

文章が長くなってしまいました。

 

 

 

 

 

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