2014年01月18日(土)

「現在」と「過去」と「未来」の空間

テーマ:時間

「現在」と「過去」と「未来」。
この3つの日本語は、
文字通りの意味で、そのまま理解できる。
(→『現在や過去や未来の意味』




このように理解してみると、
必ずしも時間軸上で捉えなくてもよい、ということになる。


例えば、「現在」について言えば、
現に在るのは、今、目の前に広がっているこの空間である。
むしろ、それこそが「現に在る」と言える。


また、この考え方を延長すれば、
「過去」や「未来」についても同じようなことが言える。
旅人にとって、
過ぎ去ったのは、これまで歩いてきた道やその景色であり、
未だ来ないのは、これから歩くであろう道やその景色である。


つまり、この3つの日本語は、
空間における位置関係を示す言葉
として捉えなおすこともできる。




・・・いや、そうではない。


むしろ、この3つの日本語は、
本来、空間における位置関係を示す言葉であったのではないか?
しかし、その後、日本人が時間軸上で物事を捉えるようになった時、
その新しい視点を表現するために、この3つの日本語を代用した――


そもそも、
現に在る「時間」というのは理解しにくいが、
現に在る「空間」なら、そのまま理解できる。
「現在」も「過去」も「未来」も、初めは空間的に理解されていた
と考えたほうが自然だ。




今では、「過去」や「未来」という言葉が、
空間を示す言葉として使われることはない。
もっぱら時間を示す言葉としてのみ使われている。
しかし、ルーツを辿れば
元々は「時間の空間的表現」だったのかもしれない。


・・・そう考えて見直してみると、
とても味わい深い言い回しだと思いませんか?
「現在」と「過去」と「未来」って。
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2012年02月15日(水)

今であることの特殊性

テーマ:時間

未来がどのような世界になっているかわからないけれども、
今の時代(=2012年頃)をエキゾチックな世界として
憧憬とともに想起するのは、そう遠い未来の話ではないはずだ。


「現代は、つまらない」
とは、いつの時代にも言われてきたことである。
しかし、僕には、
「今ほど面白い時はない」
と思える。
・・・だって、今なのだから。




ちなみに、【今である】ということは、
時間軸における地点を示す単なる座標、ではない。
僕が思うに、
仮に、ある時間軸が想定されていたとすると、
【今である】ということは、その時間軸における特定の地点の属性なのだと思う。


具体的に言えば、
"2011年"も"2013年"も今ではないが、"2012年"は今である。
つまり、
断続的な年数軸(各要素の取り得る値は整数値のみ)を想定した場合、
【今である】ということは、"2012年"という地点要素にのみ付される極めて特殊な属性だ、
ということ。


あくまでも、
【今である】ということは属性であって、地点を示すものではない
のではないか。
・・・などと、
訳の分からないことを思いついて書いてみました。すみません。

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2012年01月05日(木)

基本的なこと(時間)

テーマ:時間

時間は、ストップウォッチで測ることができる。
どれだけの時間がかかったか、という過去を測り、
それと同じだけの時間がかかるだろう、と未来を予測することができる。


カレンダー上の日付を追うことができる。
今日という日を中心に、
それ以外の日を、過去と未来に分けることができる。


こうした手続きを経て、
「現在」というポイントは、過去から未来に向かって移動していく。
・・・ように見える。
まるで、時間という名のレールの上を走る車に乗っているかのように。




しかし、レールの上を走る車とは決定的に違うことがある。


普通、レールの上を走る車からは降りることができる。
何らかの制約があり、降りられない可能性があるとしても、
その制約さえなければ降りられる、ということを想定することはできる。


ところが、時間の場合、
そこから降りることはできないし、そこから降りることを想定することもできない。
なぜなら、
何かを想定し、考え、感じ取る、ということ自体が、
時間の流れの中で成り立っているものだからである。
そこから降りてしまったら、
想定することも、考えることも、感じ取ることもできなくなってしまうだろう。
そのような状況は、そもそも想定すること自体が不可能なのだ。




したがって、時間を観測しようとする者にとって、
「現在」というポイントは、(相対的に見れば)常に"今、ここ"にあり、
まったく動かない、ということになる。


「現在」というポイントが過去から未来に向かって移動しているように思えるのは、
時間を示すためのさまざまなツールが、
「もし、時間を客観的に(つまりレールの外から)観測できるとすれば、移動していることになるらしい」
という知識を与えてくれているからに過ぎず、
そのこと自体を直接体験することはできない。


「現在」は、"今、ここ"にしかない。
カレンダーを見れば、過去のある時点がかつては現在だったのかもしれないが、
それは過去のある時点にとっての現在でしかなく、「現在」ではないのだ。




「現在」という時は動かない。
未来だと思っていた出来事が、過去の出来事になったり、
目まぐるしく動いているのは時間ではなく、
「世界」のほうであり、それを解釈している「人間」の心のほうなのだ。




→ 『基本的なこと(世界)』

→ 『基本的なこと(思考と行為)』

→ 『基本的なこと(コミュニケーション)』

→ 『基本的なこと(記憶/記録)』

→ 『基本的なこと(心/感情)』

→ 『基本的なこと(人間/人生)』

→ 『基本的なこと(時間)』

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2011年11月06日(日)

時間を気にしなければいけない時の条件

テーマ:時間

時間を気にしなければいけないのは、
「時間を守ることの重大さ」を認識できていない時や、
「時間を守れなかった場合に責任を負う覚悟」ができていない時だ。


もし、すべてを引き受ける覚悟があるのなら、
時間なんて、そんなに気にする必要はない。


覚悟ができているなら、
時間なんて気にするよりも、
道すがら通り過ぎる風や、景色をしっかりと心に刻み、
この世界と自分の関係について再確認してみるほうがいい。

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2011年05月08日(日)

つかず離れず進んでいく

テーマ:時間

時間は、一秒も待ってくれないが、
時間は、いつまでも待っていてくれる。


決して止まることなく、淡々と進んでいくのが時間。
けれども、何かを始めることも何かをやめることも決して強制しないのが時間。


淡々と進みながら、
君が何かを決断するのを、あるいは何かを諦めるのを、
干渉もせず、見捨てることもなく、ただじっと待っている。
「決断が遅い」と怒ることもないし、
「決断しろ」と迫ることもない。




一見、冷たいようだけれども、
生きていく上で欠かせない存在。

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2011年01月23日(日)

何事もなかったかのように進んでいく

テーマ:時間

幸も不幸もみな飲み込んで、
すべてを抱えて進んでいく。
それが世界。


まるで、『もののけ姫』のラストのように。


月日が経てば、
何事もなかったかのように、あらゆることが丸く収まっていく。
そして今日、僕はここにいる。




自力で解決したことなど、ほとんど何もない。
押し寄せる多くのことに対応できないまま、時間だけが着々と進んできた。
この一週間のことは、あまりよく覚えていないし、よく理解できていない。
けっこう無責任だったはず。


結局のところ、空回りした僕の思いは、
かえって周りの人たちに心配させ、気を遣わせ、負担を増やしただけだった。


それでも、こんな僕でも、
「ここに居てもいい」のだそうだ。
まるで、僕の未熟さなんて既に織り込み済みだったかのように、
今日も僕はここにいる。




「人類にとって多くのことがわからないのは、人類にとって『時間』がわからないからでしょうね」
・・・短い間ながら大学で非常にお世話になった、数学のI先生の言葉が思い出される。


恐る恐る研究室を訪ね、試験を休んでしまった理由を伝えた時、
穏やかに開いたドアと、いつも厳しかった先生がとても柔らかい笑顔になって迎え入れてくれた。
今も鮮明に覚えている。


すっかりご無沙汰してしまって、申し訳ありません。
今年こそは年賀状を出そうと決心しておりましたが、遂に、出しそびれてしまいました。
お元気でしょうか。僕は元気です。

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2010年07月20日(火)

瞬間と、時の流れ

テーマ:時間

シミュレーションゲームのように、
計画的に「昨日の続き」を演じていくことが、心地よい時もある。
進む先は、目標に定めた「明日の到達点」。


昨日から明日に繋いでいくために、今日を回していく。
それはそれで楽しい。




でも、根本的な原動力や、湧き上がる感情は、
昨日も明日も関係ない。
今ここにある。


まだ身も心も未成熟だったあの頃、友人と語り合った放課後の教室に、
昨日も明日も無かった。
ただ、その瞬間の連続であって、それが愉しかった。




時の流れを繋いでいくことも、瞬間に徹することも。


どっちが本当だとか、どっちのほうが大事とか、
そんなことはないと思う。
現に両方あるんだし、両方から得るものがある。
その時になれば、その時は来るんだから、
経験できる時に経験すればいいんじゃないだろうか。


たぶん、どっちも必要。
だからこそ、交互にやってくる。順序良くではない。ランダムに。

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2010年05月12日(水)

足りない

テーマ:時間

時間がたりない。
やらなければいけないことがたくさんあり、
やらなければいけないことが次々やってくる。
やりたくないわけではない。
むしろ、やりたいことばかりだ。


暇を持て余す人の気持ちがわからない。
時間は、いくらあっても足りないと思う。
与えられた時間も限られている。
人生には終わりがあるのだから、なおさらだ。

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2010年03月16日(火)

いつもと違う時

テーマ:時間

いつもと違うことが起きたら、首を突っ込んでみよう。
いつもと違う気分になったら、心に任せて動いてみよう。
・・・それが、時間のもっとも有効な使い方だ。


同じことの繰り返しは、時間を貧しくする。
1+2+3+・・・
という永遠に続く計算式も、数学の記号を使えば、
Σk
といった、簡単な有限個の記号で表現できてしまう。
※これは数学の解説記事ではありません。厳密には、この表現はかなり不十分です。でも、有限個の記号で表現できるのは確かです。


同じことの繰り返しは、短い言葉で表現できる。
気の遠くなるような長い時間でさえも、
「紀元前60億年」とか、たった数個の言葉で表現できてしまう。


充実した時間は、決して短い言葉では表現できない。
むしろ言葉で表せないものだ。
そういう時間は、いつもと同じ時には、やってこない。
そういう時間は、いつもと違う時に、やってくる。


だから、
いつもと違うことが起きたら、首を突っ込んでみよう。
いつもと違う気分になったら、心に任せて動いてみよう。
そのためなら、それまでの予定なんて、いったん棚に上げてもいいと思う。

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2009年12月16日(水)

自己管理も人間関係も、時間が問題

テーマ:時間

体調が悪いことも、
うまく事が運ばないことも、
自己管理の問題。


・・・で片付けるのは簡単だけど、
じゃあ実際にどうすればいいのか、って話になった時に、
つまるところ、
「時間とどう付き合うか」
「時間をどう使うか」
という問題に帰結するんじゃないかと思う。


伝えたいことをうまく伝えられないことや、
誤解されてしまうことなんかは、
自己管理の範囲に収まりきらない、人間関係の問題だけど、
それも、時間をどうにかできれば切り抜けられる場合が多い気がする。




力も、時間も、ゼロじゃ何もできない。


もし、ほとんど力が無くても、
無尽蔵な時間を持っていて、その使い方をよく心得ていれば、
可能性を無限に広げていくこともできる。


「時間の使い方が大事」と言っても、
ただ時間を節約すればいいわけじゃない。
あえて一言で表現するなら、
時間をなるべく有意義に使うこと。
このとき、有意義かどうかを判定するのは自分自身だ。
たとえ世間から無駄と思われるようなことでも、
自分にとって最高に有意義なら、それが、最高の時間の使い方。




・・・でも僕は、それが出来なくて、目下、奮闘中。
それでも、以前に比べれば大分ましになったかな。

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