「まず自分が変わりなさい」 | 考えすぎ
2012年09月18日(火)

「まず自分が変わりなさい」

テーマ:「前提」論

「他人は自分を映す鏡だ」
と言われる。


自分が変われば相手も変わるし、
相手に対する自分の態度が、そのまま相手から自分に対する態度にもなる。
だから、
「まず自分が変わりなさい」
・・・と。




でも、この種の話は、いつも腑に落ちなかった。
小さい奴だと笑われるのを覚悟で言うけれども、
どうして、自分が先に変わらなければいけないのだろう?・・・と、思う。


もし仮に、
「他人は自分を映す鏡だ」
ということが正しいとしても、
それがこの僕にしか当てはまらない、という道理はない。
この種の話は、書店の新刊コーナーでも時々見かける。
しかし、
それらの本が僕だけのために売られているはずがない。
売られている、ということは、大衆向けの言葉であるはずなのだ。


それならば、
「まず自分が変わりなさい」
と言われるべきなのは、必ずしもこの僕だけとは限らない。
僕から見れば他人であるあの人だって、
(この僕よりも先に)まず自分が変わらなければいけないかもしれないではないか。


だから、
「他人は自分を映す鏡だ」
「まず自分が変わりなさい」
という言葉を真に受けて考えると、
どうして、自分が先に変わらなければいけないのだろう?
・・・と、つい、思ってしまうのだ。




そう、この言葉は、そのまま真に受けてはいけない。
・・・というか、説明の言葉が足りないのだと思う。


そもそも、他人が変わったかどうかなんて、
どうすれば知ることができるのだろう?
もし知ることができたとして、それは確かなことだろうか?
思い過ごしだったり、誤解だったりする可能性は?
・・・そう考えていくと、
他人についての理解も、実は、自分次第なのだということに気づく。


自分の見方や捉え方が変われば、
当然、世界の見え方も変わってくる。
このことを端的に自分の実感として表現すれば、
「自分が変われば世界も変わる」
という言い方になる。
だから、この言い方は確かに言葉が足りないけれども、
決して間違った言い方ではない。


同様に、
「他人は自分を映す鏡だ」
「まず自分が変わりなさい」
という言い方も、決して間違った言い方ではない。




むしろ、下手に説明を尽くしてしまうと、
かえって本質を見失わせることにもなりかねない。


「自分の見方が変われば、世界の見え方も変わってくる」
という言い方をされると、
"見え方によって姿が変わる世界"の背後に、"本当の世界"がある
かのような印象を受けやすい。
しかし、実際のところ、
自分の目に映る世界こそが、自分にとっての世界そのものであり、
それを端的に、"世界"と呼んでいる。
いちいち、わざわざ"自分にとっての世界"とは言わないのが普通だ。


わざわざ"自分にとっての世界"などと言うと、
自分の実感とは違う、"本当の世界"のほうに意識が向いてしまう。
しかし、
「他人は自分を映す鏡だ」
「まず自分が変わりなさい」
という話で伝えたいことは、"本当の世界"を理性的に理解することではなく、
実感としての世界を現実的に変えていくことのほうなのだから、
この言い方のほうが、かえって望ましいのだ。

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