現在金沢能楽美術館で開催されている、
春季特別展示「花の風姿~花郁悠紀子と能」の関連イベントに参加してきました。

花郁悠紀子さんは金沢市出身の漫画家ですが、S55(1980)年に26歳の若さで夭折された方です。

実妹である漫画家の波津琳子さんは現在もご活躍中で、私も好きな漫画家さん。


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当日の波津先生は初夏らしい薄紫色の「絽」のお着物が涼し気で素敵でした♪
ちなみに東先生はアロハシャツにGパン(笑)。

まずは花郁先生の作品がこのように能楽美術館で展示されて、とても嬉しいと仰っる波津先生。
33回忌を過ぎても熱烈なファンがいらっしゃるのも有難いと言うことでした。

5歳年上のお姉さまとは子供の頃はあまり遊んだ記憶もないけれど、デビュー後はアシスタントをしたりしてお手伝いをされていたそう。

☆最初から漫画家になるつもりで、萩尾望都先生のアシスタントをされていた花郁先生と違い、
波津先生自身は漫画家になるつもりはなく、高校で絵を学び、同人誌に関わるうちに自然に漫画家になっていたというようなお話でした。

☆花郁先生は大変な読書家であり、色んな分野の本を読まれていたようですが、特にモンゴメリーの「赤毛のアン」とバローズの「火星のプリンセス」シリーズの影響を大いに受けたようだと、これは東先生との会話でも何度も仰ってました。

花郁先生は漫画家としてデビューしてからも本を読むことが大好きで、その蔵書は今でも大切に保管されているそうで、前日に東先生が蔵書をご覧になり、発行された頃は高価だった単行本なども多く、その数と幅広い分野にまたがる蔵書に驚かれたそうです。

☆金沢市ご出身の花郁先生ですが、実際に能を観る機会はほとんど無く、作品を描くため集めた資料の本を通して能のことを勉強されたようです。

蔵書の中には謡曲に関する本(ソノシートが付録されていた!)や、衣装を勉強するためでしょうか?当時放送されていたNHK大河ドラマの写真などが文庫本に挟まっていたりしているのが後に見つかったそうです。

☆初期の作品「アナスタシア」シリーズなどは、萩尾先生の影響が感じられる洋物が多いのは、そういう先生方との交流から生まれたものなのでしょうとのこと。

その後、秦恒平の「秘色」など幻想文学の影響もあり、和物を描くようになったのではないかと・・・これは東先生の談。

「不死(ふじ)の花」など一連の能をテーマにして描かれた作品が、どのような経緯でできていったのか?
私自身もとても興味があったのですが、凡そのことが分かりとても興味深く講演を拝聴しました。

☆萩尾先生が審査員をしていらした漫画の公募を通してお知り合いになり、アシスタントになるために上京されたとか・・・そういう経緯も知らなかったので、なるほどと驚いてしまいました。

デビュー後は近くに住んでいた山岸凉子先生などとも親しくされ可愛がっていただいたそうですが、これも初めて聞くお話でした。

☆花郁先生の描かれた作品(S55~S55)は秋田書店のプリンセスに掲載されていたので、全部読んでいたわけではないのですが、今では文化として認知されている漫画が現在の隆盛を迎える前の創世記?のお話が聞けたのは楽しかった。

今日までの少女漫画の歴史を体感してきた一読者として、私自身が見てきた歴史と重なる部分が多く、立場は違いますが、同じように漫画を愛してきた者として感慨深いものがありました。

波津先生、東先生、楽しいお話をありがとうございました!
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