11月2日放送の「カンゴロンゴ 」から3つのお言葉を頂きました。
①「藪(やぶ)をつついて蛇を出す」
長年仕事ひと筋で生きてきた人の場合、定年になって急に毎日家族と顔を突き合わせて暮らすようになる。
しかし家族と言っても長い間、それぞれ心の中に相手に見えない心の藪のようなものができている。
そんな藪を思わずつっついちゃうと、蛇が出てきてしまうかもしれない。
<管理人の感想>
通称「やぶへび」。余計なことをするとより事態が悪化すること。
でも、なぜに「定年後の家族関係」にてこのお言葉なのか私にはよく分かりません。
まぁ、私は独身なもので・・・。
②「当て事と越中褌(えっちゅうふんどし)は向こうから外れる」
何事も人任せにしてこっちが勝手に当てにしていると向こうの都合でダメになって、当てが外れることが多い。
<管理人の感想>
ちょっと違うかもしれませんが、仕事の「丸投げ」に通じることが多いかもしれません。
仕事を丸投げしておいてできていないと「なんで、できてないんだぁ!」とキレる。
「信用している」なんて都合の良いことを言っているけど、単に人任せにしていただけ。それでうまく行かないと相手を悪者にしてキレる。「途中経過を聞いてない」と言ってキレる。
いますねぇ~こういう奴。で、こういう責任転嫁をして何も感じない奴に限って出世していくんですねぇ~。
え?誰か自分の組織に入る人を当てはめて言っているだろうって!?
そういう人は・・・・あまりにもたくさんいすぎるもので当てはめ切れません(苦笑)・・・って大丈夫だろうか、うちの組織?
③「君子は豹変す」
君子(立派な人間)と言うものは、変わるべき時にはガラリと変わる。
<管理人の感想>
肝心なときに、特定のことにこだわりすぎて変われないのは困ったものです。
「一貫性がある方が良い」と言うイメージがありますが、一貫性を貫きさえすればよいわけでもありません。
特にリーダーたる者は自分の主義主張だけにとらわれて、一切変化ができなければ、下の者たちは迷惑千万です。
明治維新の志士たちも最初は「攘夷」「攘夷」とわめいていました。しかし実際に戦争をしてもうコテンパンに負けてしまった。それでも「攘夷」を唱え続けていたら日本は列強の植民地になっていたかもしれません。現実を見て考え方を豹変したからこそ、明治維新はうまくいったわけです。
他方、第2次世界大戦はもう負けることが分かっているのに「本土決戦」などとわめいて軍部は変わろうとはしなかった。現実をきちんと見て「豹変」してくれれば、惨事は少しでも小さくできたかもしれないのに、最初の言動に縛られ動けなかった。
現実に即して「豹変」してもらわなければ困る場面もある。
この現実主義的な姿勢があって初めて本物の君子と言え、人の上に建つ資質を持つのでしょう。