オノマトペ研究の第一人者として知られる、明治大学の小野正弘教授による「“日本語の魅力再発見”オノマトペ(擬音語・擬態語)のおもしろ世界」と題する講演が、昨日(9月22日)、岩手県一関市田村町の世嬉の一 クラストン(石蔵ホール)で行われました。
用意していた椅子が足りず、急遽奥から取り出す程の盛況のもと、午後2時から、司会の畠中祥夫(文学の蔵副会長)先生の進行により、及川和男(文学の蔵会長)先生の挨拶の後、講演会が始まりました。

 

オノマトペとはフランス語で、古代ギリシャ語の「オノマトポイーア」から来ており、一般的に「擬音語」「擬態語」の総称を指しますが、詳しく分けますと「擬声語」や「擬情語」「擬容語」も加わり、あまりにも明確過ぎて遊びがないことから、総称としてオノマトペと云う洋語で表現するようになったとのこと。因みに「擬情語」「擬容語」は金田一春彦氏が唱えたものとのことです。
オノマトペと云う言葉が使われ始めたのは1960年頃から、オノマトペの使い方が上手だったのは宮沢賢治、オノマトペの新語を最も多く作り出し、用いたのは萩原朔太郎とのこと。日本語には4500~5000語のオノマトペがあると云われています。
オノマトペは経済の世界にもかなり影響を与え、商品名にオノマトペを用いることによって売上を5倍にしたパンもあったとのことです。

 

また、教育、指導の面でもオノマトペはかなり影響を与えているようです。
今後新たなオノマトペを作り出し、経済活動や教育の場、勿論文学の創作にも大いに活用すればよいのではないかと、思惟を広げながら聴講いたしました。
因みに、宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムズの伝記』を取り上げ、オノマトペを攻略するには宮沢賢治のオノマトペを攻略することだとの小野教授の講話に、早速図書館に走ろうかと思った次第です。

講演会終了後に、3,000円会費で交流会があり、小野正弘教授を囲んで親交を深めました。
出席者全員による自己紹介の最中、次から次と美味しそうな料理が運ばれ、広めの円卓の上には世嬉の一酒造自慢の地ビールなど、隙間がないほどの料理や飲み物が沢山用意されました。
「あれっ、3,000円会費だった筈」とふと思いましたが、いちのせき文学の蔵の館長は、当世嬉の一酒造の佐藤晄僖会長(一関商工会会頭)。出席者への心温かな気遣いであることを、出席者全員が気付いたのではないでしょうか。心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

小野正弘教授の経歴など>>

 

世嬉の一酒造のPV>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

来る9月22日(土)、一関・文学の蔵30年記念事業として、オノマトペ研究の権威、明治大学の小野正弘教授を招いて文芸講演会が開かれます。
演題は“日本語の魅力再発見” 「オノマトペ(擬音語・擬態語)のおもしろ世界」

日時:2018年9月22日(午後2時)
場所:世嬉の一 クラストン(石蔵ホール)
   〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42 世嬉の一酒造(株)内
電話:0191-34-5040(一関・文学の蔵事務局)
   
入場料は無料です。事前申し込みの必要はございません。どなたでも自由に聴講できます。
但し、講演終了後の交流会(3,000円)は事前に申し込みが必要となります。

 

世嬉の一酒造までの案内図(アクセスガイド)>>

世嬉の一酒造敷地内マップ>>

世嬉の一 酒造クラストン(石蔵ホール)

 

クラストン(石蔵ホール)前景↓

 

本日、世嬉の一 クラストン(石蔵ホール)2Fを会場、一関・文学の蔵の世話人会(編集委員会)が開かれました。

一関・文学の蔵(いちのせき文学の蔵)は今年で30年目を迎え、今年の春先には、「みんなの力で創る地域に根ざした文芸・文化誌」というコンセプトで編纂した『ふみくら』を創刊しました。只今『ふみくら2号』の刊行を目指し、編集を進めている最中です。

 

また、今年は30年と云う節目の年、その記念事業として文芸講演会を企画しています。
その文芸講演会には、岩手県一関市(舞川)出身(一関一高・東北大学OB)で、オノマトペ研究の権威として知られる小野正弘明治大学教授が、“日本語の魅力再発見” と題して、オノマトペ(擬態語・擬声語・擬情語・擬容語)の面白さに触れながら日本語の奥深さ、魅力に迫ります。

日時:2018年9月22日(土)午後2時
場所:世嬉の一 クラストン(石蔵ホール)
   〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42 世嬉の一酒造(株)内
電話:0191-34-5040(一関・文学の蔵事務局)

講演会の後には、小野正弘教授を囲んで交流会(3,000円会費)が企画されています。
参加御希望の方は、文学の蔵メールフォームに必要事項をご記入の上、9月15日迄にお申し込みください。

 

一関・文学の蔵メインサイト(30年記念文芸講演会)>>

 

 

 

 

 

 

本日、3月3日(土)より3月25日(日)迄の約3週間、なのはなプラザ(一関市大町4-29)3F展示場を会場に「色川武大と阿佐田哲也の世界」展覧会が開催されます。
展示会場には、孝子夫人から一関市に寄贈された直筆の生原稿や愛用のカメラ、トレードマークのサスペンダーや縦縞のジャケット、生前愛用していたマージャン牌(ぱい)や執筆作品などなど、小説家「阿佐田哲也」を象徴する品々が展示されています。

阿佐田哲也(故)と云えば、直ぐ様思い浮かぶのが『麻雀放浪記』の著者として、ですが、雀士としても一流の腕前だったようです。昭和の麻雀ブームの火付け役として、麻雀を文化の一つとして世に広めた立役者の一人として知られています。
そのような活動から「雀聖」として神格化され、京都の伏見稲荷神社には「阿佐田哲也大神」が祀られているとのことです。
阿佐田哲也氏の全盛期は、生まれ育った東京を拠点に活躍していたようですが、趣味のジャズを縁に、一関のジャズ喫茶ベーシーとの関わりや、純文学一本に絞る為の環境の刷新、体調の改善を期待して此処岩手県一関市に移り住んだのではないかと云われています。

 

しかしながら一関に居を移して間もなく、心筋梗塞で倒れ、その10日後に心臓破裂により息を引き取ったとのことです。一関には僅か10日間の滞在だけとされていますが、当時を知る、阿佐田哲也氏とベーシー仲間でもあった人物から、「ひと月以上はいた筈だよ」と伺っています。

ペンネームの「阿佐田哲也」は、雀士時代に徹夜続きだったことから、「朝だ(あさ)だ、徹夜(てつや)だ」からとったものだと云われています。
人物像については、村松友視氏の表現を借りますと、「眼光炯々というイメージと、何ともいえぬ童のごとき笑顔が、絞り切れぬ印象として残っている」とのことであります。

本名は色川武大(いろかわたけひろ)。本名で著す小説のジャンルは主に純文学。
第6回中央公論新人賞を受賞した『黒い布』(1961年)や、泉鏡花賞受賞の『怪しい来客簿』(1977年)、1978年著の『離婚』は直木賞を受賞しています。他にも、色川武大名義で刊行された作品が多くの文学賞を受賞しています。

因みに、「色川武大と阿佐田哲也の世界」展覧会の開会式が、本日午前10時から始まりました。
主催者の挨拶の後、来賓の祝辞として、勝部修一関市長の挨拶を皮切りに、当時の色川武大氏を知る、作家仲間であり、「いちのせき文学の蔵」会長の及川和男先生の挨拶があり、色川氏の一関移住当時のエピソードを詳しく、佐藤晄僖一関商工会議所会頭が述懐されました。そして佐々木賢治一関市観光協会会長の祝辞の後、岩手日日新聞社部長の那須照市氏の閉会の挨拶をもって、開会式を閉じました。

<色川武大と阿佐田哲也の世界>
場   所:岩手県一関市大町4-29 なのはなプラザ3F 展示スペース
開催期間:3月3日(土)から3月25日(日)まで
入 場 料 :無料
開館時間:9時から22時まで