お外はあかるい光に溢れているのは知っているが、私ははらはらと心雨降るお部屋の中で、思う存分自分をいたわっています。
定期的にある種のひとびとに恋をして、ややのうちに想い散ると言う癖があるのです。 昨日がたまたまその周期? の日でありまして、したがってこのありさま。
エアコンをがんがんに利かせた部屋のカーテンを閉め切って、ふかふかの冬掛けに包まっている。
外は、酷暑。
お部屋の中は明るい海底くらいの暗さです。私は野生動物が自力で傷を直す時のように隅っこでまるまって、時間とか若さとか有意義な生き方とかそういったものを、自分の中の怠惰が飲み込んでいくに任せています。
実をいうと私はこの状態が好きなのです。
自分ががんばらない理由を自分に対してはっきり主張できるからだと思います。
まあそれを置いておくにしても、恋の醍醐味は追いかけているときには無く、砕かれ失われた時に初めて生じるのではないのでしょうか。
何かの本にこういう言葉があった。
「論理は論理への愛である。生きた人間への愛ではない。」
この論法を踏まえて私が言いますと、
恋は恋への恋であり、生きた人間への恋でない。
私は時々じんわりと涙流しながら、いなくなったあの人に想い馳せています。作業する背中、寡黙で勤勉な言語、恐るべきユウモア。
お外は明るい光に溢れ、私は自分一人だけの小さな世界で、心雨打たれるに任せています。

いかがでしょうか?
よその方の創作に触れて、そこから自分が
「いいな」
と感じたワードを受け取って、更に創作でお返しするという楽しい試みを行っています。
どなたかこの小文からなんらかのイメージを受け、さらに何かを創作してくださったら嬉しく思います。
(EX:小説、実話、詩歌、漫画、書、イラスト、写真 なんでもかんでも)
*リンクを張っていただけたらこちらも紹介します。


今回は
ゆゆさん
「そこに曇りがないなんて」