福岡県福津市にある宮地嶽神社。
創建については文献がないので詳しくは解らず、延喜式神名帳にも
記載がないという「式外社」なのですが、伝説では神功皇后が、
三韓出兵のため大陸に渡る前に、ここで戦勝を祈願したので、以来
ここを「宮地」と呼んで、登られた山を「宮地嶽」というようになったそうで、
御祭神も息長足 比売命(オキナガタラシヒメノミコト、神功皇后)と、
随従だった勝村・勝頼大神の三神です。
ここの拝殿正面の大しめ縄は大きさ日本一で、
本殿の屋根は黄金に輝いています。
山のほうに登って行くと、本殿が「宮地嶽古墳」の中に造られた
奥の院「不動神社」があります。
この古墳は7世紀に造られたものらしいのですが、横穴式の石室は
奈良県橿原市の見瀬丸山古墳の石室次ぐ全国2位の規模だそうで、
被葬者は天武天皇の第一皇子(高市皇子)を産んだ尼子娘の父である、
胸形君徳善(むなかたのきみとくぜん)の墓という説が有力なのだそうで、
出土品の多くが国宝に指定されています。スゴイですね~
このほかスタンプラリーの用紙が用意された「奥の院巡り」や、
境内には日本一の大太鼓と、重さ450kgの日本一の銅製の大鈴もあって、
これに大注連縄を合わせて「三つの日本一」と呼ばれています。
参道の一角にある「旧社殿跡」の前から見える「鳥居と宮地嶽」と
参道が海に向かって一直線に伸る景色は、絶景です
にほんブログ村
創建については文献がないので詳しくは解らず、延喜式神名帳にも
記載がないという「式外社」なのですが、伝説では神功皇后が、
三韓出兵のため大陸に渡る前に、ここで戦勝を祈願したので、以来
ここを「宮地」と呼んで、登られた山を「宮地嶽」というようになったそうで、
御祭神も息長足 比売命(オキナガタラシヒメノミコト、神功皇后)と、
随従だった勝村・勝頼大神の三神です。
ここの拝殿正面の大しめ縄は大きさ日本一で、
本殿の屋根は黄金に輝いています。
山のほうに登って行くと、本殿が「宮地嶽古墳」の中に造られた
奥の院「不動神社」があります。
この古墳は7世紀に造られたものらしいのですが、横穴式の石室は
奈良県橿原市の見瀬丸山古墳の石室次ぐ全国2位の規模だそうで、
被葬者は天武天皇の第一皇子(高市皇子)を産んだ尼子娘の父である、
胸形君徳善(むなかたのきみとくぜん)の墓という説が有力なのだそうで、
出土品の多くが国宝に指定されています。スゴイですね~

このほかスタンプラリーの用紙が用意された「奥の院巡り」や、
境内には日本一の大太鼓と、重さ450kgの日本一の銅製の大鈴もあって、
これに大注連縄を合わせて「三つの日本一」と呼ばれています。
参道の一角にある「旧社殿跡」の前から見える「鳥居と宮地嶽」と
参道が海に向かって一直線に伸る景色は、絶景です

にほんブログ村