　五輪真弓さん作詞・作曲の「恋人よ」。私がすっかり宏美さんの虜になった1980年当時の大ヒット曲である。しかもその大ヒット中に青山学院大学の学園祭の前夜祭(11月1日)で五輪さんと宏美さんのジョイントステージがあり、そこに足を運んだことについては何度か触れた。その学祭のジョイントの様子の新聞記事の切り抜きが発見された。だいぶ黄ばんではいるが、内容は読み取れるのでご紹介しておこう。

　五輪真弓さんは、宏美さんより8学年お姉さんであり、デビューも3年先輩のシンガーソングライターである。この「恋人よ」は、五輪さんが自動車事故で亡くなったミュージシャン・木田高介さんの葬儀で、奥様の慟哭する姿を見て生まれた曲である、と言われる。当初B面に予定されていた楽曲であったが逆転、その経緯について編曲者であった船山基紀さんは以下のように書かれている。

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　だが、当初この曲はB面に予定されていた。別にA面の曲が決まっていて、そちらは私もA面らしいアレンジをしているが、中曽根さん（中曽根皓ニ、CBSソニーディレクター）から「B面はお任せする」と言われたので、スケールの大きなバラードだったこともあり、48秒もある長い長いイントロをつけてしまった。ところが、レコーディングしてみたらB面用の「恋人よ」の出来がすごくいい、という意見が多く、急遽A面に昇格して、私は面食らった。確かに、スタジオでの彼女の録音を聴いていても、「これはいい曲だ」と思ったが、A面にするならあんなに長いイントロをつけることもなかったので、なんとかテレビ用に多少は短くしてみたものの、焼け石に水。もうそのまま行くしかなかったが、今考えても驚異的な長さだ。

（中略）

　ところが、こんなに長いイントロの曲をプロモーションできるかどうか、そんな心配をよそに、「恋人よ」がテレビで披露されるとすぐに評判になり、セールスがうなぎ昇りとなった。そして、この曲の音楽性を考えると、賞などとは無縁のものに思えたが、年末の日本レコード大賞にノミネートされるまでになった。しかし私にとって賞云々よりも、ジャンルを超えた日本のスタンダード・ナンバーに関われたことが大きな誇りである。

（『ヒット曲の料理人編曲家船山基紀の時代）

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　実際、五輪さんにとってそれまでのファン以外も取り込む大ヒットとなり、代表曲となったばかりか、美空ひばりさんや淡谷のり子さんのステージ・レパートリーにも加えられるのである。

　五輪真弓さんは、東南アジア諸国でも根強い人気を博している。私が90年代末に赴任していたインドネシアも例外ではなかった。彼の国では特に、「心の友」という曲が超人気曲だった。「言葉にできない」のブログで少し触れたが、私はインドネシアンポップスを何曲かア・カペラの男声コーラスにアレンジして歌う機会があったが、五輪さんの「心の友」もコーラスで取り上げたことがある。言うまでもなく、現地の人たちからは大喝采を浴びたものである。

　また、ちょうど青学祭のジョイントステージの頃、宏美さんは『ヤンヤン歌うスタジオ』で、「摩天楼」の衣装（上が黒の半袖、スカートは青のサテンのもの）を着て、この「恋人よ」をワンコーラスだけ披露している。ビデオに録ってさんざん見返したのだが、今は再生不能である。YouTubeでも見当たらなかったので、皆さんには想像して楽しんでいただくしかない。宏美さん（に限らず他の歌手たちも）当時、忙しくて曲を覚えたりリハーサルしたりする時間があまり取れなかったのであろう。ワンコーラス最後の「♪ 冗談だよと〜」の部分は、G - F♯ - F♯ - D♯ - B と下がるべきところ、宏美さんはG - A - A - G - F♯ と歌ってしまわれていたのをよく覚えている。

　それから40年以上の月日を経て…。「恋人よ」は、野口五郎さんと宏美さんのコラボ企画のアルバム『Eternal Voices』の中の、五郎さんのソロ曲として、再びわれわれ宏美ファンの注目を浴びることとなったのである。しかも、発売日の第1回配信曲でもあり、宏美さんのソロ曲「ワインレッドの心」と共にCDにも収録、コンサートやテレビ等でもお二人が披露される曲となり、露出が多かったのも嬉しかった。

　五郎さんは五輪さんから実音で-4のCマイナーで吹き込まれている。衰えを感じさせないハイトーンヴォイスと、年輪を重ねられた表現力とで、後世に残る名曲をカバーされている。

　そして、ここからが本題である。「恋人よ」「ワインレッドの心」の2曲は編曲は中川幸太郎さんだ。だが、演奏者としてクレジットされているのは五郎さんと宏美さんのお二人だけなのである。発表当時のラジオ番組で、五郎さんが「ワインレッドの心」のギター、ベース、ドラムスなど全て演奏された、ということは話題にされていた。だが、私も多くのラジオ番組を全てチェックしていた訳ではなく、バックコーラスについては聴き逃しているのだ。

　だが、「ワインレッドの心」のバッキングボーカルは明らかに五郎さんの声である。とすると、この2曲はお互いにバッキングとして相乗りされている、と考えるのが自然であろう。「恋人よ」では、ツーコーラス目のサビ「♪ 恋人よ(ha…) さようなら(ha…)」と、ツーハーフの「♪ 恋人よ(ha…) そばにいて(ha…)」とバッキングに聞こえる女声の上のF、E♭音は宏美さんのお声ではないか。近年の宏美さんにしてはかなりの高音であるが、「You raise me up」など、このアルバムに見られる五郎さんの宏美さんの声に関するプロデュースを見ると、充分あり得ると考えられるのである。皆さんのお耳にはどう届いていらっしゃるだろうか。

　ちなみに、最後にご紹介するYouTubeの五郎さんの動画は、レコーディング時のトラックを使用しているようなのだが、どうも件の女声ボーカルによるバッキングの音声はカットされているように聞こえるのだ。このあたり、権利関係の難しさだろうか。私にはその理由など考えも及ばないが…。

（2022.5.13 野口五郎・岩崎宏美アルバム『Eternal Voices』収録） 

「恋人よ」（野口五郎）