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ださい。よろしくお願いします。

先週の土曜日は一日仕事をしていました。雨で自転車トレーニングも休みです。今週の日曜日と月曜日は連休でした。で、何をしているかというともちろん自転車トレーニングです。日曜日は朝からプロショップの練習で、サーベロのロードバイクに新しいENVEのホイールを着けて走りました。

 

新しいホイールは本当に調子が良かったです。ちょっと高かったですが、買った甲斐が有りました。日曜日は風が風速5m~6mと強くしかも向かい風でした。もちろん練習に参加しているのは猛者ばかりで、この逆風の中時速35km以上の速度で走って行きます。

 

これはスリップストリーム走行をしていても、風の抵抗を受けてめちゃしんどかったです。でも新しいホイールのお陰で何とか目的地までみんなと一緒に走れました。帰り道の途中で左足のふくらはぎがつって、私は車列から外れました。

 

すぐにみんなが近くのコンビニに入ってくれて、つった足の手当てを自分でしました。目的地で塩タブレットを食べようと思っていたのですが忘れていたので、湿度がめちゃ高くて高い気温の中大汗をかいて身体が塩分不足になって足がつったのだと思います。

 

さっそく塩タブレットを食べて、ポットの冷たい水を飲んで、軽くストレッチをすると足のつりはすぐに治りました。またプロショップまで問題なくみんなと一緒に高速で走ることが出来ました。でもその後やはり身体の調子がちょっと変です。

 

全く食欲がわかないのですね。往復60kmを高速で走っていてお腹が空かないというのは何かおかしいのです。そしてすごく眠たかったです。でも涼しい所でぐっすり昼寝をして休んでいると夕食時には食欲が回復してきました。私は多分軽い熱中症になっていたと思います。

 

身体が回復したので、月曜日の朝も山の上の自宅から一人でトレーニングを始めました。まずいつも走っている狩野川の堤防横にある守山公園まで下りて行って、そこから来た道を登り返します。

 

そのまま家に帰るつもりでしたが、調子がいいので途中の丹那盆地から熱海峠に登って十国峠まで行くことにしました。前にもブログに書きましたが、丹那盆地から熱海峠までは激坂です。それでもガンガンいいペースで登って行きました。

 

結局家に帰ってサイクルコンピューターのデータを見てみると、走行距離は全部で53kmで獲得標高は1000mを超えていました。休みの日らしい良いトレーニングが出来たと思います。

 

でもちょっとやり過ぎたみたいで、次の日の朝起きると右膝に痛みがあります。もし整形外科に行ったら68歳という私の歳とレントゲンの画像を見て「膝の軟骨がすり減って~フニャ」と言われるのですが、この痛みは軟骨など何の関係も無くて、筋疲労による足の筋肉の収縮によって膝が痛くなっているのです。

 

仕事をしている間にこの膝痛はほとんど治りました。でも大事をとって今日は朝からリカバリーライド(回復走)で速度を落として狩野川沿いの守山公園まで往復30km走ってきました。さすがにリカバリーライドですね。膝の痛みは無くなりました。

 

さて、世の中には絶対に幸せになれない人たちが居ます。それは「人が幸せそうにしていると腹が立つ」とか「人に不幸があると嬉しい」という人間です。「人の不幸は蜜の味」とか「出る杭は打たれる」という言葉が出来るくらいなので、どうもこの国では程度の差こそあれ大多数(マジョリティー)は「人は自分と同じか自分以下でないと嫌だ」という感覚を持っているみたいです。

 

でもこれはその人の問題だけではなくて、その人の親もこういう感覚を持っていて、そしてそれが人生で世の中だという事になっているのです。もちろんそういう親を育てた祖父母も多かれ少なかれ同じ感覚を持っているのですね。

 

だからそういう環境に育つとどうしても「幸せな奴を見ると腹が立つ」になって、その人に何か不幸が起こると喜ぶのです。これは頭で考えている問題ではなくて、殆ど自動的に感情の中に出て来て、「みんなおりこうさんの顔をしているけど、世の中ではやっぱり人の不幸は蜜の味だよね。」と思っているのですね。

 

だから大多数の人間が一生を通して真の幸せを感じることはありません。何故なら、人の幸せを喜べない人間が真に幸せになることはないからです。これはとっても不幸な事実なのですが、自分が世の中の大多数側に居るのでこれが当たり前で自分が不幸であることすら分からない人が多いです。

 

なぜこんなことになるかというと、私達のDNAが元々持っている「遺伝子存続」のプログラムがあるからです。そして多くの人はそのプログラムに基づいて動くようになっているのですね。

 

それは遺伝子的に優勢なものがより存続できる可能性が高くなるので、自分より優れたものを見ると相対的に自分の遺伝子の存続が脅かされることになり、自分より幸せにしている人を見ると自動的に腹が立つのです。

 

そしてその人に不幸が起こると、自分の遺伝子存続の可能性がその人の不幸の分高まるので喜びの感情が湧くのですね。だからどの職場でも人間関係のトラブルが起こるのです。そして職場の問題と言えば、基本的に人間関係になります。

 

ところが世の中には少数派(マイノリティー)ですが、人の幸福を喜び、人の不幸を悲しむ人たちが居ます。その人達の祖先はどこかの段階で自分の良心に基づき、真の幸せというものを実感したのですね。

 

そしてそれは子孫に伝えられていきます。お父さんお母さんが慈悲深いと、子供も優しい子になります。その人達の祖先はDNAのプログラムから離れて、新たな心の幸せを感じる事を学んだのです。

 

もし本当に自分が幸せになりたかったら、人の幸せを形ではなくて心の奥底から喜べる自分になる努力をすることです。DNAの優性遺伝子存続のプログラムのまま「人より自分」で一生を終わるのもその人の勝手ですが、私達の意思は自分のDNAプログラムに反して本当の慈悲心を持つことも出来る力も持っています。

 

せっかくそういう力を持っているのなら、自分を自分で変えるべきですね。DNAのプログラムのまま生きていたら真に幸せになれないのだから、人の幸せを心から喜べる自分に生きている間になることです。

 

自分より優れている人間を見て「腹が立つ」と誹謗中傷している暇があったら、何をどうしたら本当に自分が幸せになれるのかを考えて行動に移すことが、私たち人間が生きている間にやらなければならないことだと思いますよ。

 

残念ながら私は生きている間に大多数に流されてそれをしなかった人達が、成仏する事も無く今は霊となってこの3次元を彷徨しているのだろうなと思っています。

 

合掌

 

仏光

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