何処に幸せがある? | 仏光さんの心の相談室

何処に幸せがある?

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今日は朝から雨で、自転車トレーニングはお休みです。年末のせいか仕事が忙しいです。皆さん心身共に良くなって新年を迎えたいですからね。今日の昼は少し時間があるので、自転車に乗ってプロショップまでミーティングに行きます。往復10kmくらいなので、基本的に今日はトレーニングは休みです。

 

明日の朝、電話お祓いをした後に、また修善寺まで走ってみようかなと思っています。午後は2時から少し仕事をして、その後小学生の寺子屋をする予定なので、明日もスケジュールはいっぱいですね。好き好んでこのように休みの時間を使っているので疲れるということは殆どありません。

 

疲れというのには、生理学的に仕事や運動によって筋肉に乳酸などの疲労物質が溜まることにより起こる体の疲れと、心理学的に好きでもないことをやらされていることによる心の疲れがあります。どちらがより疲れを感じるかというと、心理的な疲れの方です。

 

好きなことをしていて、身体に疲労物質が溜まって疲れるというのは、私にとっては心地よい疲れです。これで夜はぐっすり寝ることができます。しかし心が疲れるというのは、本当に辛いものです。辛いから心が疲れるという方が正しい言い方かもしれません。

 

心が疲れるとあれこれ頭の中で考えるから、夜もぐっすり寝ることができません。そしてより心身ともに疲れていきます。心が最も疲れるのは、自分の意思に反して何かをやらされる時ですね。また「これをやって行かないと立ち行かない」と思い込んで、好きでもないことを続けている時です。

 

「子供の教育費や家のローンを払わなければならないので、嫌な上司が居るのに仕事を辞めるわけにはいかない」となった時に心はド~っと疲れます。そして心が疲れると座ってやる仕事でも体が疲れます。そして夜もゆっくり寝られないという状況になります。その状況が続いてうつなどを発症するのですね。

 

誰も自分が好きでもないことをしたいとは思いませんが、家の為とか家族の為とかの理由で嫌なことをやり続けるのです。そういう状況に置かれている人は世の中にいっぱい居ます。昔サラリーマンをしていた頃の私がそうだったと思います。

 

その頃の私は家とか収入とか社会的地位の中に幸せがあると思い込んでいました。立派な家や、高い収入や、立派な肩書こそが社会で成功した証となると思い込んでいるのですね。要するに自分を取り巻いている条件の中に幸せがあると思い込んでいたのです。

 

これはアホな軍人が勲章をいっぱい胸に付けて「どうだ、自分は偉いだろう!」と暗に言っているようなものです。そして勲章の数を他人と競い合うのです。別に軍人でなくても普通の人が他人と自分を取り巻く条件を競い合っているのは本質的に同じです。「俺は課長だ。俺は部長だ、俺は役員だ」と競い合うのです。子供が何処の学校に入ったかで競い合っている親も居ます。

 

アメリカの上場企業の役員をしていた時の私はまさしくそのような人間でした。今から思うとアホ丸出しなのですが、自分を取り巻く条件の中に幸せがあると思い込んでいたのですね。家やお金や社会的地位に幸せがあると思っていたのです。

 

だから少しでも良い条件を整えるために嫌なことでも我慢してやるのです。そしてそれが世の中では当たり前だと思っていたのですね。自分を取り巻く条件の中に幸せがあると思っている人は、その条件が整わないと不幸せなのです。大きな家に幸せがると思っている人は、家が無いと不幸せなのです。社会的地位の中に幸せがると思い込んでいる人は、社会的地位が低いと不幸せなのです。

 

自分が思う条件の中に幸せがると自然に思っている人が、「人それぞれに幸せがある」と言うのです。何故なら人それぞれに幸せに思う条件がありますからね。今の私が昔の私と決定的に違うのは、私を取り巻く条件の中に幸せがあるのではなくて、幸せは自分の心の中にあるということが分かっていることです。

 

自分を取り巻く条件の中の幸せは相対的な幸せです。「これがあると幸せ、無ければ不幸せ。」になるのですね。それに対して心の中にある幸せは絶対的な幸せです。言い換えると「何は無くとも俺は生きていて幸せだな~」になるのです。このようになると心理的に疲れるということがありません。

 

この絶対的な幸せを心の中に持つと、少々色々な障害があっても何とかするようになります。心の中に絶対的な幸せがあると、条件によって自分が不幸せになることもありません。今の私は起きた時に自分が健康であると思うとそれだけで朝は幸せです。

 

ましてや、朝自転車で爽快にヒルクライムができると本当に幸せですね。だから幸せというのは自分を取り巻く家とかお金とかの条件の中にあるのではなくて、自分の心の中にあるのです。自分の心の中の幸せに気付くと感謝の念が湧いてきます。

 

もちろんつつがなく生活していくことも大切ですが、本当の幸せとは、一般に思われているように、家とか車とか収入とか、一つ一つ幸せを築いていくものではなくて、自分の心の中にある幸せに気付くことなのです。その幸せは誰が気づいても同じ幸せです。「人それぞれに幸せがあって…」みたいなことにはなりません。絶対的な幸せだから一つだけです。

 

自分がそれに気づくとその瞬間から幸せです。これは頭で理解するのではなくて、はっと気づかなければならないのですね。理解するのは簡単ですが、気づくのは至難の業です。私は今までの色々な経験や修行やトレーニングでこういう心の中にある幸せに気付いて行ったのだと思います。幸せはすぐそこにあるのですね。皆さんがこの心の中にある幸せに気付かれて、感謝しながら生きて行く人生を歩んで行かれることを願っています。

 

合掌

 

仏光

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