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昨日も今日も朝の自転車トレーニングは快調です。昨日は雨の間隙をついてトレーニングすることができました。とりあえず一日40km~50kmを走るようにしています。これから涼しくなるみたいで、もっと快適にトレーニングができますね。楽しみです。

 

さて私は今まで仏教をはじめ、多くの哲学などの考え方やモノの見方を自分なりに学んできました。その原点にあるのは自分の現状に対する不満であったと思います。今の自分に満足できないから、自分を何とかしようとして色々学ぶのですね。

 

そしてそれらの考え方に影響を受け、また知識だけではなく実践として仏道修行などをして、それなりに説かれていることを身に付けてきたつもりです。確かにそれらの考え方は正しいと思う所が多いし、お釈迦様などは本当に真理をついたことを教えていると思います。

 

これらの考えや教えは普通に目で見えている世界や社会を基本とすれば、「こうだよ。ああだよ。こうしたら良いよ。ああしたら良いよ。」と言っていることは正しいのですが、見えない世界と言うか、見えない次元からの影響も受けて私たちは生活しているという事実を考慮すると、それだけでは不十分であるということが分かります。

 

もちろん見えている世界を基本とした考え方や教えは、大多数の賛同を得やすく、そして大多数が賛同するとそれが正しいと思われがちです。しかし真理というのはたった一人でもそれが真理であれば、それが正当なのです。

 

100人の中で99人が間違っていたら、それはやっぱり間違いなのですね。100人の中でたった一人正当を貫いていれば、やはりそれが正しいのです。人数が多ければ内容が間違っていてもそれが正しいとなるのは国会です。

 

多くの人は人生も国会のように人数が多ければ正しいのだと、多くの人がすることを見ながら自分も同じようにして人生を送る人が多いのです。私が思うに人数が多ければ間違っていても正しいもののようにされてしまうのは国会だけで十分です。

 

人生はそういうわけにはいかないことを多くの人は知らないまま人生を終わるのですね。「俺の考えが正しい。みんなもそう思っている。だから俺は正しい。」で改めることなく、真理から外れたまま一生を終わります。

 

私のところには、どこの病院に行っても、どんな検査をしても原因がよく分からず症状が良くなりませんという人が多く来られます。私はそのどこに行っても治らなかった症状に対して大概の場合先ずお祓いをするのですが、多くのひとはその場で症状が改善します。

 

これは誰がどう見ても、見えない次元、一般的には霊と呼ばれている次元の影響を受けて、その人はそのような症状に苦しんでいたということになります。

 

それでも世間の大多数は霊とかお祓いとかは常識や良識の基づき、胡散臭いものとして処理しなければならないことになっているので、お祓いで今までどこの病院に行っても治らなかった症状が治ったことは大多数の意見でで何かの間違いということになるのです。確かにこの分野はインチキが横行しているし、テレビに出てるからと言ってもいい加減なものです。

 

まあ世の中で100人のうち99人が否定しても、たとえ一人であってもそれが真理であれば、私が言う事が真実であり真理なのですね。もちろん人間の症状が全部霊障が原因であるということはないし、もちろん生理学的な原因で起こっている症状も多々あります。

 

またお祓いの途中で私がげっぷして霊が居ることが分かっていても、症状がその場で改善しない場合も時にはあります。それは憑依している霊がその症状の原因にはなっていないということです。それでも憑依している霊は祓っておいた方がいいですね。その後に無痛自律神経療法を施すと改善するケースが本当に多いですから。それでも約3%、100人に3人は何をやっても変化がない場合があります。

 

今までの経験から、私はほとんどの場合霊が憑いたままでは病院などでどんな治療をしても改善しない思っています。私のところでは年間延べ約4000人が来られて、その中の年間延べ3000人くらいの人がお祓いで、またはお祓いと無痛自律神経療法の併用で良くなっておられるので、人生における見えない次元の影響の大きさを実感します。

 

したがって今まで私が学んできた哲学や教えはこの見える世界をより良く生きて行くのには有効だとは思いますが、でもそれが全てではなく、中には見えない次元からの影響を考えると間違って教えている部分もあります。そのお陰で教えていることを鵜呑みして不運のまま過ごすことになる人も居ます。

 

だから今まで私が正しいと思っていた哲学や教えも、それだけでは十分ではないのだということがよく分かりました。私が経験している見えない次元からの影響の現場には、必ず相手が居て、その人が一番違いを実感して症状の改善に感動しているのだから、それが真実であり真理であると私は思っています。

 

大多数の中に居て、間違っていてもみんなと一緒の事をしている多数派の心地良さというのもよく理解できます。「みんな一緒や、一緒や…」で安心するのですね。でも少数派の私は大多数の中では嫌な思いをするかもしれませんが、やはり一人でも正当は正当という生き方をしていきたいと思っています。

 

目の前で起こる事実は変えられません。私はこれがお釈迦様が八正道で言う現実を正しく見る、「正見(正しく物事を見る)」であると思いますよ。どうせ生きているのならば私は真理の中で生きて行きたいと思います。

 

合掌

 

仏光

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