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本当の自由とは心が自由自在

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昨日は日曜日で仕事は休みなのですが、家のお祓いや小学生の寺子屋の先生などで結構忙しい一日でした。それでも朝の6時半から友達と修善寺まで往復50kmをロードバイクで走ってきました。天気が良くてすごく気持ち良かったです。風も無かったので狩野川の堤防は時速27km~31kmくらいで走りました。やっぱり速く走ると爽快な気持ちになります。

 

ロードバイクは身体だけではなくて心にもすごくいい影響を与えてくれます。この爽快な気持ちで嫌なことを忘れるし、要らぬ考えが頭に浮かばなくなります。私の場合、これも自分で自分の心をコントロールするすべの一つです。人間は放っておいたら自分で自分の心をなかなかコントロールすることができません。

 

だから落ち込んで一日を過ごしたり、愚痴や文句で一日を過ごしたりしているのです。自分の感情に左右されながら毎日過ごします。中には心配で一日を過ごす人も居るし、怒りで一日を過ごす人も居ます。これらがマイナスの感情であることは皆さん分かっているのですが、どうにも自分の心が自分でコントロールできないのですね。

 

自分で自分の心がコントロールできないというのは、自分が不自由に生きていることになります。せっかくの一生なのに不自由な人生なのですね。多くの人は、「自由」という言葉を頻繁に使いますが、本当の意味での「自由」というのがどういうものか分かっている人は大変少ないです。

 

もしかしたら日本人の場合、民族的に一番苦手なのがこの「自由」なのかもしれません。元々日本語には「自由」という言葉はありませんでした。この「自由」という言葉は、明治になって福沢諭吉が英語の「freedom(フリーダム)」を訳す時に、「自らをもって由(よし)となす」という意味で「自由」という言葉を作ったのです。

 

だから福沢諭吉以前に日本には歴史的に「自由」という概念が無かったし、封建制度の根幹をなす身分制度の中で自由というものは元々成り立たないのです。今の人たちは「自由、自由」と言いますが本当の意味での自由というのがまだ民族として分かっていないのではないかと私は思います。多くの人が元々日本には「自由」という言葉や概念すらなかったことを知りません。

 

だから今でも多くの日本人は「形」の中に幸せがあると思っているのです。家とか職業とか収入とか肩書とか見てくれとか、そういう形の中に人間の幸せがあると思い込んでいて、それが普通だと思っています。

 

だから自分の「形」が他人からどのように見えているかを大変気にします。封建制度、身分制度の中では「形」が全てです。「形」によって社会が成り立っているのです。多くの人が無意識にそれをそのまま現代にでも、日本の精神文化の根幹をなす部分として引き継いでいます。家でも社会でも学校でも、日本人が無意識に何だかんだと縛りをかけたがるのはこういう歴史的な日本人の精神文化に起因しているのです。

 

要するに日本では古来「自由」というものは無かった。やっと明治になって福沢諭吉が「自由」という言葉を作ってそこから自由の概念が生まれた。だからまだまだ自由というのはこの国にとっては新しいもので、多くの国民が無意識に不自由に生きていてもある意味しょうが無いのです。

 

でもせっかくわれわれ日本人は、共産主義や社会主義国家ではなく、制度の上では自由主義国家に生きているはずなのだから、いったい何が本当の意味での自由なのかを知り、そして自分を自分の不自由から開放して「自由」になるべきなのです。自由が無くなるとどうなるか、香港を見ているとよく分かりますよね。

 

もちろん制度的な自由も大切ですが、本当の意味での「自由」とは自分の心が「自由自在」であることなのです。自由主義の国でも不自由に生きている人はいっぱい居ます。どのような自分の感情をも引きずらず、何事にも執着しない心が本当の意味での「自由」なのですね。そしてその本当の意味での自由な心の中に人間としての幸せがあるのです。

 

この心の自由自在を得るには、先ずは自分の心と静かに向き合わなければなりません。そうでないと心のコントロールなど最初からできないのです。この自分の心と向き合うのが瞑想であり、坐禅なのですね。

 

でもただそれをやっておればいいというのものではなくて、由来や形、伝統にとらわれずに真剣に自分の心と向き合うことが、本当の意味での心のコントロールにつながって行きます。基本的に形の中でフニフニいくら修行をしていてもあまり意味が無いですね。坐禅などを決まった行儀作法の形の中ですることによって、反って形に捕らわれている人も多くいます。

 

これも形の中に何かがあると思い込む日本人の精神文化の現れですね。古参になるほど行儀作法にうるさくなるのもその現れの一つです。でも基本を踏まえて正しい瞑想をすると本当の意味で自分の心に向き合うことになります。そこで始めて自分の心を自分でコントロールする可能性が出てくるのですね。自分で自分の心に向き合うことなく心のコントロールなどは絶対できないのです。

 

だから何年修行をしてもそれ自体にあまり意味は無くて、今の自分が仕事を含めてちゃんと気持ち良く毎日過ごせていて、そして客観的な結果として経済的にも不自由なく生活できていて、心身は健康で、そこそこ運気も良くて、心が毎日平穏であれば、自分で自分の心が「自由自在にコントロール」できていることになります。

 

毎日の生活の中で仕事を含めて良い結果が出ていて、自分を存分にこの世で活かすことができて、自分の力や能力が人様のお役に立てることができて、初めて自分が自由自在になるのです。本当の「自由」とは「自分の心が自由自在」になることなのです。

 

私はまだまだ自分の感情で心がうごめく時もありますが、自分の生活や仕事や健康の客観的な数値を含めた現状と結果を振り返ってみて、まあまあ毎日心が平穏に暮らせるようになっていると思えるので大変嬉いです。何事にも囚われずに教えてもらった真言密教の瞑想が自由にできたお陰もあると思います。これからも毎日の精進は欠かせませんね。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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