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心の平穏に必要なもの

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昨日の日曜日はロードバイクのプロショップのサンデーライドで修善寺の山の中にある立派な滝を見に行きました。走行距離は62kmでそれほど大したことは無いのですが、やっぱり皆さんの速度が大変速い。人の後ろについて空気抵抗を避けてスリップストリームで走行していても、ついて行くのに結構な体力を使います。何の支障もなく帰ってきましたが体は疲れました。

 

自分のペースで走るのと、人のペースで走るのとでは体力の消耗が全然違いますね。それでもゲストハウスに帰ってから小学生に国語を教えて、頼まれていた近くの家を一軒お祓いしてきました。山の家に帰る頃には体はくたくたで、とりあえずお風呂に入って、それからちょっと寝ました。起きて夕食を食べても体の疲れは残っています。

 

でも一晩寝ると体力は回復していました。今日は朝早く山の自宅を出て、仕事前にいつもの狩野川のコースを30km自転車で走ってきました。昼はグストのロードバイクをショップに持って行って、ディスクブレーキのパッドを新品に交換してから時間があれば走りに行こうと思っています。

 

グストは最近ヒルクライムに使っているので、下りでのブレーキの摩耗が著しいと思います。昨日は疲れてボロボロでしたけれども、一晩寝ると元気になるので本当にありがたいです。体を鍛えるようになってはっきり分かるのは、私の手から出ているパワーが大きくなったことです。もっと体を鍛えるともっとパワーが強くなるかなと思っています。こうなるとトレーニングは本当に死ぬ前の日までやめられませんね。

 

朝から晩まで仕事をして、その合間にトレーニングと修行をして時間的には忙しい日々を過ごしていますが、気持ち的には余裕です。これはやっぱり心が平穏だからだと思います。心が平穏と言っても嫌なことは毎日何か起こりますが、それに自分の心が引きずり回されないのですね。その時は腹が立っても、すぐに忘れることができます。

 

結局心が平穏というのは、自分の心が感情に左右されないということなのです。普通何もしないと、人間は生まれた時から死ぬ時まで、自分の感情に左右されながら一生を過ごします。私はそれが嫌で仏道修行を始めました。

 

でも人間社会というのは常に何だかんだ嫌なことが起こるものです。職場で、家庭で、学校で、地域社会で、修行の場である禅道場ですら嫌なことが起こります。多くの場合、それを顔に出さずに毎日を過ごしていくのですが、心は常に自分の感情に影響されて右往左往しています。

 

とりあえず私は禅道場での坐禅の修行をやめて、教えてもらった真言密教の瞑想を始めてから大変心が穏やかで平穏になって行きました。何よりも驚いたのは、お祓いや手からのパワーをはじめ、普通では考えられない力というか能力が開花したことです。電話でお祓いして具合の悪い人が良くなるなど、私自身考えたこともなかったですね。

 

その能力のお陰で私の療法院では、年間延べ3000人くらいの人の心身の不具合が良くなっているのですから本当にありがたい話です。もちろんあと延べ1000人~2000人くらいの人は従来の無痛自律神経で良くなっていますが、これだけのことができるようになったのも毎日の瞑想修行とトレーニングのお陰だと思います。

 

話は元に戻りますが、結局心を平穏にするためには自分の感情に心が左右されない方法というか技術を身に付けなければなりません。これは「心の技術」ですね。この心を穏やかにする方法は古来より「こうしたら良い、ああしたら良い」と色々あったわけですが、やはり自分が実際にやってみて何が良いのか知らなければなりません。

 

人の言うことを鵜呑みにしてやっていると結局人生の時間を無駄にすることになります。またちょっと数年かじっただけで何もやらずに「心が晴れない」などと言っていても意味がありません。私など坐禅を十数年、禅道場で修行した上で、「ああやっぱりこれだけでは人は本当の意味で救われないな」と私の先輩達を見ていて心から思いました。

 

これは天の計らいだと思うのですが、そのタイミングで真言密教の瞑想をいきなり教えてもらったのです。そのお陰で今の平穏があるのだと思います。この平穏とは経済的な側面も含めた生活の平穏、心身の健康による平穏、そしてそこからもたらされる「心の平穏」です。

 

やはり人生というのはどうしても生きて行かなければならないので、生きて行くだけの経済的な平穏は必要です。それから人間は心だけではなく身体があるので、そこの健康が平穏な人生を創るためには不可欠になって来ます。

 

もちろん生まれた時から障害があったり、色々な身体の問題で苦労されている方も多いですが、それらの苦痛を和らげて行くことも平穏につながって行きます。だから身体に少々の障害があっても、和らげていけば大丈夫です。

 

この生活の平穏と身体の平穏により、「心の平穏」がもたらされ、それが平穏な人生につながっていくことがこの歳になってやっと分かりました。人には運気というものがあります。これは見えませんが、私のように多くの人を診ていると、人に運気があるのは大変よく分かります。

 

運気は生活の平穏、身体の平穏、そして心の平穏が重なると、自分でも信じられないほど良くなっていきます。だから修行などをしていかにも心が平穏なふりをしていても、客観的にその人のありようを見ると運気が良いか悪いかすぐに分かります。そのありようが芳しくなければ本当の意味で心が平穏では無いのです。

 

運気というのは占いなどで分かるものではなくて、生活の平穏、身体の平穏、そして心の平穏によって自分で創っていくものです。あともう一つ強いて言うならば、霊障などがあると運気が悪くなりますが、それは取り祓うと良くなります。これは儀式ではなくて、本当に力がある人がお祓いをするとその場で良くなります。

 

私は「なぜ今自分が平穏なのだろう?」と自分を振り返ってみて、生活の平穏と身体の平穏という「心の平穏」の要素、必要なもがあるのに気付きました。これらは自分が努力することで得られる部分が多いと思います。

 

何もしなければ心が平穏にならず、人生も平穏になりませんが、間違ったことを何年頑張っても芳しい結果は得られません。正しいことを正しく頑張るとやはり運気を含めて良い結果が出るのですね。その良い結果が良い人生です。

 

私は平穏な人生を送りたいので、これからも精進を怠らずに頑張って行きますね。今本当にありがたい人生を送らせて貰っていると思っています。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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