人生の幸せは余生にかかっている | 仏光さんの心の相談室

人生の幸せは余生にかかっている

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昨日も何とか雨が降る前に朝と昼のロードバイクトレーニングができました。合計45km走れて満足です。今日は風雨共に強く一日トレーニングは休みですね。明日は晴れますが、風が強そうなのでトレーニングできるか微妙です。でも日曜日は久し振りにプロショップのサンデーライドに参加します。

 

前回原因不明の心臓の痛みが出て以来のライドですね。あの時は激坂を登っていて心臓が痛くなって、心筋梗塞と思って検査をしたら心臓には何の異常もありませんでした。むしろ医者から心臓の筋肉がよく発達していて心臓が強いと言われました。

 

その一件以来、激坂に強くなろうと思って意識的にヒルクライムのトレーニングをしてきました。お陰様で標高1000mくらいにある十里木高原までの坂を一気に登れるようになりました。1年前では考えられないことです。

 

だから心臓が痛くなったのは残念だけれども、そのお陰で自分の弱点が分かり、そこを補うためのトレーニングをして以前よりも強くなったのですね。これからも、もっと強くしていく予定です。これはこれで災い転じて福となるですね。

 

とりあえず死ぬ前の日までトレーニングを続ける予定ですが、それができれば私はとっても満足した一生を過ごしたことになると思っています。死ぬ前の日までトレーニングができるほど自分が健康で居れたら、これほど幸せなことはありません。

 

中には「いい歳してそんなトレーニングをするから死んじゃうのよ~。」という人間が必ず出てきますが、それは非常にアホなコメントです。人間は遅かれ早かれ死ぬのです。問題はその死に方ですね。

 

何をどう頑張ってもいずれは死ぬので、そう考えると私の場合大概の事は「まあいいっか」と思い直せることができます。その場では腹が立つことでも、腹が立つことをした相手も、腹を立てている自分もいずれは死んでこの世から無くなるので、「まあいいか」と思うようにしています。

 

動物の世界で人間だけが繁殖能力を終えた後もかなりの時間を生きて過ごします。それを「余生」と言っていますが、読んで字のごとく「余りの人生」です。他の動物は全て繁殖能力が無くなると同時に寿命を迎えます。サケの産卵を見たらよく分かると思いますが、繁殖行動をした後はすぐに死ぬのです。繁殖能力が無くなった後も長い間人間は生きているので、その時間は本当に「余りの人生」なのですね。

 

例えば人間に一番近いチンパンジーですら死ぬまで生理があります。人間のように閉経というものが無いのです。繁殖能力の喪失イコール「死」なのです。したがって更年期障害があるのは生物の中では人間だけです。生物学的には繁殖して子孫が残せれば、そこでその個体はお役御免なのです。死んでいいのです。ところが幸か不幸か人間だけに「余生」というものがあって、人生の良し悪しが現役時代だけでは決まらないことになっているのです。

 

なぜ人間だけに余生があるのか?まあそれにはいろいろな説があるみたいですが、私は今年64歳になるので、もう人間としては余生に入っていると思います。孫も居ますので、生物学的には私という個体はもうとっくのとうにお役御免で死んでいいのです。

 

でもまだ生きている。多くの人はこういう事実を知ることなく、ただ歳をとって漠然と老後を迎えています。でも人間としての一生を考えるに繁殖能力がある間だけではなく、人間にとって本当の人生の幸せは、繁殖能力が無くなった後の「余生」の過ごし方にかかっているのではないかと私は思います。

 

そこを老後としてただ漠然と過ごすと不満足な人生で終わると思うのです。今私のところに90歳前の腰が痛いお婆さんが来ています。このお婆さんは元学校の先生だったお嫁さんにいじめられているみたいで、「一生懸命子供を育てて来たのに、こんなことになるのなら早く死にたい」といつも私に言っています。

 

「早く死にたい」と言いながら私のところに来ているのは、ある意味ナンセンスなのですが、まあその様子を見ていると、全然このお婆さんの一生は幸せではないなと思うのです。私は「そんなに家族が嫌なら自分だけ施設に入ったらどうですか?たぶん家族にとっても、お婆さんにとっても、今よりも良い状態になるのではないですか?」と提案しておきました。

 

でも私の予測は、このお婆さんは「死にたい、死にたい」と毎日言いながら、本当に死ぬまで家や家族にしがみつくと思います。お婆さんの様子を見ていると一方的にお嫁さんが悪いとも思いませんが、まあどっちもどっちですね。

 

このようなケースから人の一生の幸せは、他の動物には無い「余生」の過ごし方にかかっていると私は思います。だから死ぬ前の日まで仕事をして、死ぬ前の日までトレーニングをして、死ぬ前の日まで修行ができたら、それが私の一生の幸せです。

 

どんな社会的地位を得るとか、どんなにお金をもうけたとか、そんなことが幸せと思っている人は死ぬ前の日までそれらを追いかけ回していて貰っていていいのですが、私はもうそういうことはまっぴらごめんなので、自分の一生が幸せになるように仕事と修行とトレーニングを死ぬ前の日まで頑張りますね。本当にこれが叶えばこれほど幸せなことはありません。皆さんも倖(さち)多い「余生」を過ごされますように。

 

合掌

 

仏光

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