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今日は木曜日でお昼休みは温泉に行ってきました。朝から雨が降っていたのですが、温泉に入るころには雨も上がってとっても良い天気になりました。お陰様でまた体をこんがり焼くことができました。明日はまた肩の筋トレに励みたいと思います。今週は仕事がめちゃくちゃ忙しかったのですが、今日はそこまで忙しくなかったので助かりました。明日からまた忙しい日が続きます。今日は文字通り「忙中閑あり」ですね。

 

私は身近に老人を診ることが多いので、やっぱり自分の老後の事を考えてしまいます。私も今年63歳になりますが、懸垂を40回、38㎏のダンベルを両手にそれぞれ持ってダンベルプレスを10回3セット挙げられるうちは、自分の事を老人とは認識しないことにしています。私の通っているジムでそれだけのウエイトを挙げている人が若い人も含めて居ないので、自分は老人ではないと意識的に確信してます。

 

しかしそういう私でもいつかは老人ホームで見かけるような老人になります。多くの場合、今の老人ホームは現代の姨捨山(おばすてやま)で、老人を入れてしまえば家族は安心してあまり会いにも行かなかったりします。中には全然家族が訪れない老人も数多くいます。家族は「おじいさんは施設に入れてあるからいいのよ」と言って死ぬまで放っておきます。またそういう家族ほどもし施設でおじいさんに何かあると文句を言いだします。

 

私は実際に老人ホームを訪れる機会がありますが、有料老人ホームで小奇麗にしているところでも、そこに自分が入所して小さな部屋のベッドに横たわりながら一日テレビなどを見ていることを想像するとちょっと気分が落ち込みます。そしてそういう生活を強いられている老人が可哀そうになってきます。家族がよく訪問したりしている人はいいのですが、そうでない人は可哀そうですね。

 

私も足が悪くなってあまり歩けなくなった自分の父親を、家から5分の有料老人施設に入所させました。5分だからすぐに行けるし、父親も一人ではないと感じると思ったからです。でも最後の方はものすごい認知症になったので家族としては施設に居てくれて助かりました。でもその時はそこでずっと一日を過ごしている父親の気持ちまでは考えてなかったと思います。きれいないい施設だし、家からも近いのでこちらの都合で良いと思っていただけなのですね。

 

今は老人ホームのスタッフにも賃金がそれほど良くないせいか色々問題のある人も居て、時には犯罪にまで発展している現実を見ると、「自分はそういうところに入りたくないな」と思うのですね。もちろんそういう人ばかりではありませんし、一生懸命ケアをしている人も大勢知っています。でも最近私は真剣に死ぬ前の日まで元気に仕事をするような自分を作らなければと思っています。

 

私は決して病院のベッドで家族に見守られながら死にたいとは思いません。できるならば前の日まで元気にしていて寝ている間に死んでいるか、どこかで野垂れ死にしたいと願っています。野垂れ死にするということは死ぬ間際まで歩けていたということになるし、それは幸せなことだなと思うのです。ちょっと私の遺体を始末する人にはご迷惑をおかけしますが、私の遺体など死んでからはただの「物」ですから、公衆衛生上適当に処分してもらって結構です。

 

要するに病院に入院したり、老人ホームに入所したりしたくないのですね。だからと言って家族に面倒見てくれとも思いません。私の父親の世代までは子供が親の面倒を見て当然だと思っていたと思います。でも私は違いますね。面倒見てもらおうなどとは全然思いません。まあそうならないために瞑想修行やトレーニング、食事の管理も含めて今からもっと真剣に一日一日できることを精一杯します。その上でいつか野垂れ死に出来たら最高です。

 

私にはキャッシュはあっても、自分名義の財産などはほとんどありませんので気が楽です。財産は家内名義にしてあるか法人名義にしてあります。だからわざわざ終活などする必要はありません。就活している暇があったら死ぬ前の日まで元気に生きるために時間を費やします。それでもいよいよ最後ににっちもさっちもいかなくなったら潔く何もせずに死にたいなと思っています。

 

自分が老人になった時の事、死ぬ時の事をリアルに想像すると、今このように元気で過ごしていることが本当にありがたく思えてきます。そして将来を見据えて、今何をしなければならないのかが見えてきます。ただ漠然と老後を考えていると、いつかは「私は体が動きません。誰か私を助けてください。」ということになってしまいます。そして老人ホームに行ったり、病院に入院したりすることになるのですね。もちろんそれでも良いのですが、私はそうなりたくないのです。

 

でも老人ホームに入るお金が無ければ、家族に大変な迷惑をかけることになります。挙句の果てに死ぬと「よく死んでくれた」とみんなに喜ばれます。そうならないためにも私は一生懸命働き続けて頭と体の状態をいつも活性化させながら死ぬ日を迎えたいですね。もし死ぬのが明日ならば私の目標は簡単に達成されますが、40年後だとこれは40年間相当毎日努力しなければなりません。その覚悟をもって明日からも毎日コツコツ精進して行きます。人生は死ぬまでが勝負ですね。

 

合掌

 

仏光

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