人間本来無一物(にんげんほんらいむいちぶつ) | 仏光さんの心の相談室

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本来は昨日ブログを更新する予定でしたが、休み明けで仕事が忙しかったのと、昼休みに今年初の胸の筋トレをガンガンやったら、夜はさすがに疲れてしまってブログを更新することができませんでした。今日もまあまあ仕事は忙しかったのですが、それでも早く帰れると思っていたら車のヘッドライトのランプが片方切れて、お友達の修理工場で直してもらっていました。タイヤも新しいのに交換してさっき家に帰ってきたところです。

 

今日も昼休みは筋トレでしたが、時間の関係で先に格闘技系のエアロビを45分間やって、それから筋トレしたらめちゃめちゃ疲れました。今も疲れています。本来は筋トレをしてから有酸素運動をしなければならないのにその逆をやったのですね。それでも今日はブログを書かなきゃとずっと思っていました。

 

さて、一昨日の日曜日は静岡県内のある会社からお祓いの依頼があって、昼前に筋トレした後、東海道線の電車に乗って行ってきました。会社に色々問題があって資金繰りがいつもタイトだということでした。その会社のお祓いをするとやはりげっぷが出て何らかの霊障があるのは確かでした。社長の奥さんは首が痛く、社長は膝が痛かったのですが、本人ではなく会社のお祓いをすると社長も奥さんもすっかり痛みが取れました。

 

次の日に社長の息子さんから、「朝に顧客から大口の銀行振り込みがあってお祓いの結果をまざまざと見て驚いている。凄いです。」とのメールが来ました。こういうことは過去に何回もあったので、私は驚きませんが本当に良かったなと思いました。新年早々良い仕事ができたみたいで嬉しかったです。経営者がいい加減なことをしていて会社の業績が悪くなるのは自業自得で当たり前ですが、一生懸命働いているのに、何かうまく行かない時は霊障が原因となっていることも多いのですね。

 

私たちは霊と自分とは違うと思っていますが、実際は同じようなものです。私たちには生きた肉体がありますが、霊にはありません。それが唯一の違いと言っても過言ではありません。しかし私の手や足の肉体が「私」という人格を形成しているのではなくて、私の「心」が私の人格を形成しているのです。霊というのは肉体が無くなってから、心のエネルギーそのものになった状態です。肉体は滅んでも心はエネルギー体となって続いていくのですね。

 

したがって心が「私」という存在を形成しているのですから、「私」は肉体の生死に関わらずずっと続いていくので霊と同じみたいなものなのです。私は毎日筋トレをして肉体を鍛えていますが、これはいずれ死んで滅びます。しかし毎日の瞑想修行で鍛えている私の心は生死に関わらずずっと存続していくのです。この心が私の核となる部分ですね。

 

私たちは死ぬと心そのものの存在になりますが、そこには生前持っていた物理的な物、例えばお金とか家とか肩書とか、そのようなものは全て無くなります。要するに物理的な物は全部亡くなって、心のクオリティーのみがその後の私たちのあり方を決定付けるのです。生前ちょっと収入が多くて、社会的地位や立派な家もあって、「自分は他の人間より上等なのだ」と自分が持っている物理的な物によって自分の評価を決めている人間は、死ねばそれらが全て無くなるので困ってしまいます。

 

死んでから「私は生前すごい金持ちだったのだぞ」と言ったところで、「それがどうしたの?」の世界になるのですね。そこで宇宙の大いなるものによって評価されるのは、自分の核の部分である「心」のクオリティーだけなのです。汚い心は汚い心なりの評価と境遇、綺麗な心は綺麗な心なりの評価と境遇が用意されているのです。

 

嘘だと思う人はどうぞ生きている間に、できるだけ自分が良い思いをするようにお金でも肩書でも一生をかけて追い求めてください。もちろん人の悪口もあることないこと織り交ぜながら、面と向かって言う勇気がない分、今まで通り陰で言っていてくださいね。人への陰湿な意地悪も忘れてはいけません。そして自分が死んだらどうなるのかよく見ていてくださいね。人間死んだら全部終わりと思う人はどんどんそのようにやっていてください。

 

私は毎日除霊などの仕事を通して、その前後の劇的な結果を年間3000例以上目の前で見て来て、客観的に「自分がの肉体が死んでも心は継続していく。一番大切なのは存続していく心のクオリティーなのだな」と実感しています。だからこれからもできるだけ自分の心を真理と良心に基づいて磨くようにしますね。この世でうまく世渡りするのと、心のクオリティーを磨くのとは本質的に生き方が違うのです。

 

自業自得とは自分のしたことが良いことも悪いことも全部自分に返ってくることです。それは生きている間に自分に返ってくるし、死んでからも自分に返ってきます。禅には「人間本来無一物(にんげんほんらいむいちぶつ)」という言葉があります。「人間という本来の存在には物理的な物は何も無い」という意味です。物理的な物は何もないということは物理的な物ではない「心」のみがカウントされるということです。

 

物欲に走る浅ましい人間を諫める言葉ですが、私たちは生きている間に本当に何が大切なのかを知るべきです。自分だけがうまく生きていこうとして、また誰も見ていないからと心のクオリティーをなおざりにしていると、将来自分がとっても可哀そうなことになると思いますよ。

 

だから今から自分の核である心を磨いていきましょうね。物理的な物は生きている間、つつがなく暮らしていける分だけあればいいのです。非合法に日本を抜け出し、海外逃亡している元日産のゴーンさんに聞かせてあげたい話ですね。さようならゴーンさん。死んでからも頑張ってね。まああなたがどうなるか私には見えていますけどね。可哀そうなゴーンさん。さようなら。

 

合掌

 

仏光

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