無いものを摑まえる | 仏光さんの心の相談室

無いものを摑まえる

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今日は朝からちょっと焦ることがありました。今日の朝8時に歯医者に予約を入れていたのですが、昨日の夜まで覚えていたのに、今日の朝すっかり忘れて仕事に行ってしまいました。電話がかかってきて気が付きました。本当に申し訳ないことをしました。すぐに仕事のスケジュールを調整して昼に歯医者に行ってきました。

 

先生に何回も謝りました。もちろん先生は気にはしていない様子でしたが、本当に申し訳なかったです。私もこういうミスを犯すのだから、人のことは言えないですね。結局思ったよりも歯医者が早く終わったので、その後にいつもの温泉に行ってきました。ゆっくり温泉に浸かっていると気持ちも穏やかになりました。今日は本当に良い天気でしたので、11月と言えども露天風呂で少し体もこんがり焼けたと思います。

 

抜けるような青空にほんの少し秋の雲が白く浮かんで風に流されている様子は、何とも言えないほど「ああこの世に生まれて良かったな」と感じます。人間社会は色々あるけれども自然はもっと大きく、立派だなと思います。露天風呂に浸かりながらずっと素晴らしい秋の青空を眺めていました。

 

空を眺めていて、ふと「心」もこの「空」と同じだなと思いました。みんな自分の頭の上に空があると思っていますが、「空」という物は無いのですね。みんなが空と言っているのは、地上から宇宙に続いている空間で、「空」という実体は何も無いのです。では「空」が無いのか?というと、やっぱり「空」は頭の上に広がっているのですね。

 

心も同じです。「お前の心を出して見せてみろ」と言われても、何も出せないし見ることもできません。「心」という実体は無いのです。色も無いし、匂いも無いし、味も無いし、形も無い。「じゃあお前に心は無いのか?」と言われると、やっぱり「心」はちゃんとあるのですね。

 

私達はこの実体の無い心で悲しみ、喜び、楽しみ、落ち込み、幸せを感じます。私たちはこの実体の無いものに振り回されて生きている存在なのです。そう考えると不思議な感じがしますが、この実体の無いものを本当に自分のものとするには、実体の無い心をコントロールする術を知らなくてはいけないのですね。

 

みんな普通にあると思っている「空」や「心」は、実は物としてはこの宇宙に存在していないのです。「じゃあ無いのか?」と言われるとやっぱりある。私を私にしているのは私の「心」です。その心は実体が無いのでなかなか摑まえる事ができません。空があるのに空が摑まえられないのと同じです。その無いものを摑まえる術が私は正しい瞑想であると思いますよ。心を摑まえるというのは心をコントロールするという意味です。

 

瞑想も実体の無いものです。実体の無い「心」を摑まえるには、実体の無い瞑想でしか摑まえられないのですね。実体のある「薬」で心を摑まえる事は所詮無理なのです。ましてや実体のあるお金や物などで実体の無い心を満たすことは絶対ないのです。でもそれがほとんどの人にはわかりません。私は正しい瞑想を習得する機会があって本当に良かったなと思っています。

 

瞑想をまた人に教えていくのもいいものですよ。何か美味しいレストランを「ここ美味しいよ」と、人に教えているのと同じような気持ちになります。今日は綺麗な秋の空を眺めながらこんなことを考えていました。まあのどかで幸せな話ですね。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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