過去は気にしない | 仏光さんの心の相談室

過去は気にしない

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昨日は昼休みに通常の筋トレ以外に格闘技系のエアロビをしました。私は格闘技は痛そうなのでやるのは嫌ですが、エアロビなら大丈夫です。でも結構きつい運動なので筋トレの後にするとちょっと体がへとへとになります。体脂肪を減らすにはそれぐらいのことはしなければなりませんね。運動だけではなくて、食事の管理も大切なので同時に頑張っています。

 

ただ食事管理をしていると、「今まで何でそんなに食べていたのだろう?」と不思議になります。朝と昼は炭水化物を食べますが、夜はそれほど炭水化物を摂らない様にしています。人間というのはそんなに食べなくても、朝から晩まで仕事をして、昼休みは筋トレとか有酸素運動をして、全く平気に暮らせていけるものです。だからと言って体重が激減するわけでもなく、実際に「今まで無駄に食べていたのだな」と思います。

 

そしてそのような節制をしているのが一向に苦になる事がありません。自分の今までの無駄を正しているようで返って気持ちが良いです。これでまた体の内側から健康になれば幸いです。気持ちが良くて健康になるのだからありがたい話です。先日私のところにボディービルダーでどの団体かは分かりませんが、東海地区のチャンピオンの人が来ました。ひじと肩が痛いとのことで、それはすぐに無痛自律神経療法で痛みを取ってあげたのですが、私にとっては筋トレの事を聞く絶好のチャンスになりました。

 

聞いてみると私と同じような体重なのに全然筋肉量が違うのが見て分かります。でも彼の体脂肪率は6%くらいとのことでした。オフシーズンで太っても体脂肪率が10%を越える事がないみたいです。私の体脂肪率は16~17%くらいなので、そこで10%も違うのですね。80kgの体重として10%と言えば8kgです。そこで「自分は彼と比べて8kgも多く脂肪があるのだ~」と実感しました。私のように80kg弱の体重で16%くらいの体脂肪率でも筋肉の多い良い体つきに見えますが、やっぱりチャンピオンは違うのです。

 

でも大会前にすごい減量をしたり、とても健康的とは言えない生活です。私はそこまでして自分の身体を見せたいとは全然思いません。大体体脂肪率が少な過ぎると体の免疫力が低下します。私はもう少しだけ体脂肪率を下げようと思っていますがそこまではやりません。逆にそこまでできる人は理由はどうであれ、「やっぱりこれはこれで凄い事だし偉いな」と思います。

 

まあ今から考えてみれば糖尿病になって運動や食事療法を始める前は40年くらい不摂生をしていた事になるので、色々身体に溜まったものを新陳代謝が弱まった61歳の体から取るにはそれなりの時間がかかるのですね。

 

その頃は自分が不摂生をしていると自覚していませんでしたが、普通に食べて仕事や修行はしていても運動はしていなかったので、やはり振り返ってみると不摂生なのです。でも過去は過去で私の中では葬り去られています。昔の事を1万回悔やんでも、過去は変りませんので葬り去るのですね。過去の事より今のことです。

 

お釈迦様は過去を悔やんで生きている人を指して、「あたかも死体を背負って歩いているようなものだ」と言っておられます。本当にその通りですね。過去はもう終わっていて今には存在していないのです。まあ既に過去は死んでいるのですね。それを何時までも思い返し悔やんで生きているのは、なるほど死体を背負って人生を歩いているようなものです。

 

もちろん自分は過去を忘れていても、世の中には人の過去を掘り起こして「お前は昔こうだっただろう。ああだっただろう。」と言う輩が居ます。人の過去を掘り起こしてその中にその人の非を見つけて言いふらす事によって、その人の心や名誉を傷つけてやれと思っている低俗な人間が残念ながら世の中にはいっぱい居ます。

 

私はそういうあほな人間にかまけている閑が私の人生の中には無いと思っているので、もう放っておきます。何せ私の場合、私の著書「気にしない練習」にも書いてあるように、自分の過去を振り返ると本当にろくな人間ではなかったので何を言われてもしょうがないですね。色々言われても悪い事が多過ぎて、いつのどの分なのか本人である私も多分覚えていません。

 

そういう人には「どうぞ私の過去を掘り返して言いまくってくださいね。」と思います。どうせその人が眉間にしわを寄せて「実はあの人間はね昔・・・・・フニャ~」と私の事を言いまくっても長くて後40年くらいしたら私は死ぬだろうし、相手も死ぬし、そんな私の過去を言いまくっているその人の人生の方がよほど悲惨だと思うのでやらせておけばいいのですね。

 

まあ大概の場合、見せ掛けの正義感があって、いかにも大そうな人間に本人は思い込み、またそのように振舞っているけれども、実際は小心者で社会において大した仕事や実績も残せなかったおじさん、おばさんがそういうことをして一生を過ごしています。可哀想なものです。自分の過去でも「死体を背負って歩いているようなもの」なのに、人の過去まで背負って歩いているご苦労さんな人達なのですから。

 

実際に心が広く、世の中で立派な仕事をして、それなりの功績を残し、それでも驕らずに生きている人間がいい歳をこいて人の過去を掘り返し、その人の心や名誉が傷つくようにあることない事を陰で言い触らすなどという事は、人類史の中で世界のどの民族や文化を見ても絶対にありません。

 

結局は実社会で長い間働いているにも関わらず、ろくな実績も無い人間がそういう事をあたかも「世の中はそうなっていますよ」と言わんばかりにやっていることなのです。そういう人間は無意識の中にどこか自分が小心者で力が無いことを知っています。

 

 

だからお釈迦様が言うように、過去を気にして「あたかも死体を背負って歩いている人間」になることなく、自分は前を向いて生きて行きましょうね。それが生きるだけの価値がある人生を自分が生きることにつながっていくと思いますよ。今日も過去の不摂生でたまった体脂肪を昼休みに取りに行きますね。これからも頑張りますよ。

 

合掌

 

仏光

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