面倒臭い人間、面倒臭くない人間 | 仏光さんの心の相談室
2019-05-12 09:31:14

面倒臭い人間、面倒臭くない人間

テーマ:人格、人間力

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昨日の土曜日は本来昼休みに筋トレをする日ですが、背中の筋肉に張りがあったのと仕事がすごく忙しかったので、体力温存のために筋トレは止めて近くの温泉に行きました。まあ今週は日曜日のめちゃハードなサイクリングによる疲れもあり、結果的には温泉で良かったと思います。お陰で昼からの忙しい仕事も難なくこなす事ができました。今日は日曜日でまた身体を休めます。

 

また今日は昼前に例の大臣経験のある政治家が家に来て、夕方から国立大学の名誉教授が来るので結構忙しい一日になりそうです。今しか時間が無いのでこのブログを書いています。今日の朝、起きた時に道場で禅の修業をしている時のことをふと思い出しました。坐禅の修行自体は良いものなのに、何故それを何十年も続けて修行をしている人が、陰で人の悪口を言ったり、人が成功するのを妬んだりするのだろうと不思議に思いました。

 

もちろん禅の修業をしてみんながみんなそういう人間になるということは無いのですが、今になって客観的に振り返ってみると、そこでは古参になるほどおかしな人が多かったような気がします。これはボランティア団体などでもよくあることですが、本来自分の欲得でやっている事では無いのに、組織となるとどうしても自分が人の上に立ちたがる人間が出てきます。

 

そういう風に自分のポジションを組織の中で上げて、人を動かす立場になるのが自分の価値の証明であり、それが自分の価値を上げている事になると大きな人生の勘違いをしているのですね。会社などの一般社会で評価されなかった人間がそれ以外での宗教団体やボランティア団体などで偉くなろうとする場合もあるし、またそういう一般社会で会社の役員や社長になったりして評価された人間だからこそ、「自分は優秀で何処でも偉くなければいけない」と思っている人間も居ます。

 

だから本来人のためにやっているボランティア組織なのに、その中で「あいつのやり方はここが悪い。」とか「俺ならこういう風にしてより効果が上がる」とか何だかんだともめるのです。そして「あいつは嫌だ」とか「こいつが気に入らん」となって組織の中で反目するようになったりするのですね。で、自分が嫌な思いをしなくて済むには、また自分の思い通りに物事を進めるには自分が「偉く」なることだと思い、自分の組織内の地位向上に邁進するのです。

 

元々人のためにやっているボランティアで、また物質的な損得とは関係のない禅の組織でも、人が集まると同じような事が起こるのですね。この根源となっているのはその人の自我なのですが、自我を無くす為にやっている禅でも、修業をする事で「俺は修業をしているぞ~!みんなとは違うんだぞ~!ウンニャ~!」という修行の自我が出てくるのですね。まあご苦労さんなことだけれどもそこで人生を誤まるのです。

 

ところが面白い事に本人は大真面目で自分が正しいと思い込んでいるのですね。禅の修業をしていて人の陰口を叩いたり、人のためにするボランティア活動をしていて内輪でもめているのは客観的にみると人としてどう考えてもおかしなことなのですが、当事者の本人はそうは思えないのです。なるほど口で言っていることはご立派でも、やっていることはちっともご立派でない人が世の中には結構居るのですね。

 

基本的に人を集めて組織にして、その中で自分の地位向上を無意識の中でもやってしまう人間は自分で気付かない限り結果的にはつまらない人間だと思います。私は幸いにも若い時にアメリカ上場企業の役員になったり、現地法人の社長をしたりして社会的地位や名誉の中に真の幸せが無い事をよく知る機会があったし、そういうものを歳をとってからも求めるというのが如何にもつまらない事だと分かっているので、歳をとってからも地位や名誉を求めたりする人間の隠された自我を見ると「ああ嫌だな」と余計辟易するのです。

 

だから家に大臣経験者が来ようが、名誉教授が来ようが、私はそういう肩書きで人を見るということはしません。肩書きなどは屁みたいなもので、その人がどういう人物かで付き合う、付き合わないを判断します。大臣経験者はまだ判断しかねるところもありますが、まあ基本的には名誉を求めるつまらない他の多くの政治家よりかはまだマシだと思っています。そして大学の名誉教授は本当に自我の無い人で、この人は本物ですね。付き合ってよい人です。まあ人が何と言おうとも私はそう思うので付き合うのです。

 

私の場合は困っている人が私のところに来て、私の力で何とか助かればそれで良いと思っています。だから敢えて人を集めて組織を作ってなどとは思いませんね。そういうことをすると大変面倒臭い事が必ず起こることを嫌な経験を通して知っているのでしないのですね。

 

人を積極的に集めると絶対そういう面倒臭い人間がやって来るので、私の人生の時間とエネルギーの無駄になります。だから今私の瞑想教室に来ている人は、私が積極的に集めてもいないのに来ている人達なので、本当に純粋に自分を救いたい人ばかりで一緒に居て気持ちが良いです。こういう人たちは面倒臭くない人間です。

 

結局いつも人と比べて自分が上とか下とか無意識にでも思っているような人間は面倒臭い人間だと思います。自分の意見を言うのに「みんなもそう言っています。」とか「みんなもそう思っています。」などと不特定多数が自分と同じ意見だと言いたがる人間は基本的に面倒臭い人間です。自分個人のの意見なのにあたかも大多数の意見だと表現する事で、自分を目立たせる事なく自分の意見を通そうとするのですね。全く嫌らしい面倒臭い人間だと思います。

 

人と比べるのではなく、また人にどう見られるなど気にもせず、自分が納得する生き方を自分との勝負の中で求めている人が私は好きですね。一緒にサイクリングに行った弁護士の友達もそういう人です。そういう人は面倒臭くない人間です。残り少ない人生で私は自分の人生をより良いものにするために、そういう面倒臭くない人との付き合いをこれからも深めて行きたいと思っています。

 

 

合掌

 

仏光

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