無事である事は大変幸せである | 仏光さんの心の相談室
2019-02-01 23:01:05

無事である事は大変幸せである

テーマ:ブログ

仏光さんの療法院サイトはこちら

 

仏光さんの心の電話相談室はこちらをクリック

 

昨日は久しぶりに雨が降りましたが、私が住む山の上は雪とみぞれになりました。まあ大した積雪では無いのでそれは良かったのですが、朝の気温が低かったので道に凍結箇所がありました。仕事に行こうと荷物を持って車のところに歩いて行ったら、見事に足が滑って後ろ向けに転んでしまいました。頭を打たないようとっさに腹筋に力が入って頭を持ち上げました。左ひじは道路に打ち付けて痛かったのですが、頭は髪の毛の先が道路に触れましたが打ちませんでした。

 

本当に久しぶりに転んでしまいましたね。左ひじも骨には異常なく、頭も打たず本当に幸運だったなと思いました。仕事に行くのに転んで痛い目をしたので普通は不運になるのでしょうが、私は「怪我がなくて本当に幸運だったな。」と普通に思いました。そして自然に誰にとはなく「助かりました。ありがとうございます。」と言っていました。転んで痛い目をしているのに、やっぱり自分はついているなと思います。お陰で今日も予定通り仕事や筋トレが出来ました。

 

今日の朝は本当に人生は次の瞬間何があるのか分からないと再確認しました。だから特に大きな問題も無く、一日がそれなりに過ぎて行って無事に終わる事ができたならば本来はそれだけで幸運なのです。私達は一日が普通に過ぎていくのを「当たり前」と普段思っていますが、それは間違いで何事も無かったのならば本当にラッキーなのですね。これを禅の難しい言葉では「無事是吉祥、(ぶじこれきっしょう)」と言います。無事である事は幸運であると言う意味です。

 

私は今61歳なので、振り返ってみれば61年間「無事是吉祥」だった訳です。今までの人生を振り返ると、右エンジンから火を噴いた飛行機が墜落して死んでいたかもしれないし、中東の戦場で流れ弾に当たっていたかもしれないし、知らずに入ってしまった地雷原で地雷を踏んでいたかもしれないし、アメリカで出会った大きな竜巻に飛ばされていたかもしれないし、イスラエル空軍の爆撃で爆弾に吹き飛ばされていたかもしれません。一番危なかったのは上海でいきなり倒れて心肺停止になった時でしょうね。救急車の中で生き返らなかったらそのまま私は死んでいました。

 

そう考えると今日も元気に過ごしているので私は61年間も連続で大変幸運な人間だったと言えます。やっぱりこれで愚痴や文句を言っていたら罰が当たりますね。どなたかは分かりませんが、私を守っていただいて本当にありがとうございます。それでも明日はどうなるのかは分かりません。でも一日が無事に終わってくれるのなら明日も「無事是吉祥」なのですね。とりあえず今日は無事でした。守っていただいた命を明日も最大限に活かして行きたいと思います。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

仏光さんからのお願い

下二つのアイコンのクリックをお願いします
 

人気ブログランキング参加中。クリックをお願いします

禅僧 仏光さんの心の相談室-バナーブログランキング

 

ブログ村ランキング参加中。こちらもクリックをお願いします

禅僧 仏光さんの心の相談室-バナーブログ村

 

仏光さんの心と体の学校Webサイトはこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仏光さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス