競い合うとろくなことは無い | 仏光さんの心の相談室
2018-10-19 09:42:30

競い合うとろくなことは無い

テーマ:人間形成

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昨日は木曜日でスポーツジムは休みだったのですが、久しぶりというかほぼ一年ぶりに地元の体育館のトレーニングルームに昼休みに行ってきました。スタッフのみなさんとか私の事を覚えていてくれて、「お久しぶり」ととっても懐かしかったです。まあ私も1年5か月前に、ここで40年ぶりに筋トレを再開したのですね。ここには肩の筋肉を鍛えるマシンがあるので肩のトレーニングだけに来ました。

 

ちょっと不思議に思ったのは、私がトレーニングを始めた頃にずっと前からトレーニングをしていた若い人が居て「凄い体だな」と思っていたのですが、昨日また同じ若い人が居て、でもそれほど大きいとは思いませんでした。もしかしたら私の方が大きいかも知れません。1年近く離れているとまた見る世界も違ってくるのですね。

 

同じようにトレーニングしているのに「どうして大きくならないのだろう?」と思いました。私は原因は食べ物にあると思います。凄い体の上海のおじいさんが私に教えてくれたのは、体を鍛える秘訣はトレーニング3割、食べ物7割という事でした。私はそれからその言葉を胸に刻んで毎日を過ごしてきましたが、トレーニングばかりやっていても体は大きくならないのですね。

 

まあ私はその若い人が何を食べているのかは知りませんが、そういう所に違いがあるのだろうなと思います。大切なことですが、食べるという事は生きるという事です。食べ物をおろそかにして健康はあり得ないのですね。

 

先日ある筋トレ雑誌を読んでいたら、有名なジムの取締役で、本人も有名なボディービルダーの人の記事が載っていました。それを読むと、プロテインとかアミノサプリをいっぱい飲んでいるけれども、ちゃんとした食事は一日一回で、睡眠も4時間か5時間程度でした。なるほど体の筋肉は凄いのですが、私はこの人はほどなく病気になるかポックリ死ぬと思いました。

 

忙しいのは分かりますが、やはり自然の摂理を外しているので健康という面では本質から外れていると思います。確かに世界で一番を目指しているボディービルダーは殆どステロイドを服用しています。ステロイドを用いると筋肉は凄く発達するのですね。でもその副作用はとんでもないものです。

 

こういう人達はなるほど凄い筋肉をしているけれども、健康という側面から見ると、その体の筋肉は張子の虎みたいなものです。見てくれだけですね。どうしてこのような健康に関して本末転倒の事が筋トレの世界でも起こるのでしょう?

 

それはみんなが大会などで競い合うからです。例えば相手がステロイドを用いて大会で優勝したとする。すると自分が優勝するにはどうしてもステロイドを用いなければならないという事になるのですね。もし純粋に自分の健康を保つために筋トレをしているならばこのようなことは起こりませんが、人と競い合って勝とうとするからこういうことになるのです。

 

これはスポーツだけではなくて、勉強でもそうです。自分の教養と考える力を高めて、自分自身と社会に貢献できる人間になるためにするのが本来の勉強ですが、人と競い合って勝つことが今の勉強の目的になっているので、成績で勝っていても人間としてはろくでもないのが出来上がってくるのですね。

 

それが「良い学歴です」と言って本当は人間的にはアホなのに、賢こそうな顔をして会社や役所に入り、それなりの地位を得てパワハラとかセクハラとかするのです。日本の職場の人間関係の問題はこういう所にも根本的な原因があります。

 

我が国の財務省次官のように、会話の中で「おっぱい触らせて」と連呼したり、文部省局長のように恥じらいも無く、自分の子供の医大への裏口入学を画策してばれるようなことになるのですね。もちろんこのようなことが世間に公になる前は、その人達は自分の事を「エライ」と思っているだから本当にアホみたいな話です。

 

まあこんなことは日常茶飯事に我が国の社会で行われていることで、特に珍しくも無いのですが、このアホな本末転倒の根本的な原因は人と競い合うところにあると思います。人と競い合って勝つのが良いと思い込んでいるから、このように人間的にはとってもアホな人が出来上がるのですね。またそういう人が多いものだからそれを普通と思ってしまう社会も情けないと思います。

 

取りあえず私はそういう社会とは違う生き方をしようと思っています。私は自分の事業でで誰かと競い合う事も無ければ、筋トレで大会に出ることもありません。修行で高い位のお坊さんになろうと思う事も全くありませんね。大体仏道修行でそのように思っている輩がいたとしたら、本当に博物館級のアホです。でもそういう人間を肩書きだけで世間は「エライ」と思ってしまうのです。

 

実際に禅の修行をしていた時に、自分が禅の老師になるのが人生の目的だくらいに思ってやっていた輩が、特に修行をしていたおじさんの中には多かったですね。もちろんそういう気持ちを表面には出さずに修行をするのですが、本心が見え見えでまあお笑いですね。お釈迦様はそのようなことをしろとは一言も言っていません。逆に人と競い合い、相手をやっつけて自分が良い目をしようとする行為を戒めています。天の真理から言えば当たり前の事ですね。

 

このように人と競い合うと本来の目的が失われ本末転倒の人生になるのです。まあそういう生き方で良いと思う人はどんどんそのように生きていって貰って結構ですが、私は御免こうむります。自然の摂理に沿って、本来自分のしていることが何の目的のためにしているのかを見失う事が無いように自分を振り返ることが大切ですね。私は競い合わない人生で大変心は穏やかです。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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