衆生無辺請願度(しゅじょうむへんせいがんど) | 仏光さんの心の相談室
2018-08-02 06:38:24

衆生無辺請願度(しゅじょうむへんせいがんど)

テーマ:お釈迦様の教え

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昨日も仕事が忙しい日でしたが、何とか昼に筋トレができました。筋トレの後は急いでお風呂に入って、昼食を食べて、午後の仕事が始まりました。昨日の午後来た人の中で、30年間原因不明の頭痛と吐き気に悩まされていた中年の女性が来られました。本人が言うにはその頭痛が尋常ではなくて、それでもどこの病院に行っても薬は出されるのだが治らないとのことでした。

 

まあ30年間も痛かったのだから、当然あちこちの病院に行っていて、ありとあらゆる検査もしているのですが、原因が分からないのです。挙句の果てには病院の医師からは心の問題だとも言われたそうです。それで心療内科に行ったのですが、心には何の問題も無いとの診断になって、困り果てておられました。まあよくある病院のたらいまわしですね。

 

話を聞いて私は「これはまたいつもの霊障だな」と思いました。そしてその女性に霊障の説明をして、除霊を行いました。たった3分間の除霊でものの見事に頭痛がなくなりました。その女性は元々霊などまったく信じていない人で、私が除霊の話をすると胡散臭そうに聞いていましたが、30年来の頭痛がすっかり取れると、「痛くないというのはこんなに素晴らしい事なのですね」と言って一挙に態度が変わりました。現実を体感すると世界が変わるのです。

 

私にとっては当たり前の結果なのですが、やはり世間一般では驚く事なのだろうなと思います。この人の場合は除霊をする前から一発で苦しみを取り除く自信が私にはありましたが、思った通りになって本当に良かったです。これでこの人の人生もこれから良くなっていく事でしょう。その女性も胡散臭そうな態度から、「今度は一緒に息子も診て下さい」と次回は二人分の予約を入れて行かれました。

 

仏教では「衆生無辺請願度(しゅじょうむへんせいがんど)、生きとし生けるもの全てを救えますように」という請願があります。大概の場合は言葉や観念で「衆生無辺請願度」と唱えています。「何をどのように具体的に救うのか?」という方策は無くて、仏様を拝めば救われるとか、坐禅をすれば救われるとか、どちらかと言えば観念的に、また精神論的に「衆生無辺請願度」と唱えているのですが、実際にこれでは具体的に多くの人を救う事はできません。今の私にはそれが良く分かります。

 

痛いのが痛くなくなるとか、目が見えなかったのが見えるようになるとか、末期のガンと診断されていて何年も元気に生きているとか、具体的で客観的な結果が伴わないとただのお題目を唱えている事になるのですね。仏道修行をしていても、そのお題目程度で一生を終わる人が多いのですが、私は本当に正しい仏道修行をしたならば、自分の病気はもちろんの事、人様の病気も回復できる力がつくのだと具体的な結果から分かっています。自分が救われていないのに、人を救う事など到底できないのです。私に密教の瞑想を教えてくれた中村和尚も200人くらい末期のがん患者を救っておられます。そして本人も90歳を越えてとっても元気です。

 

もちろん全部が全部霊障などということはありません。生理学的に問題があり心身の病に苦しんでいる人の方が多いです。それは新たに開発した無痛自律神経療法で95%は良くなります。何事も具体的であり、客観的な結果が全てだと私は思っていますので、毎日結果を出すように誠心誠意頑張る事を自分に課しています。今までの結果を見て、死後の世界を否定すると最終的にはその人は救われないと思います。やはりお釈迦様が説く、「この世でも、あの世でも・・・」というのは観念でも何んでもなくて、現実の問題だったのですね。

 

不思議なことに回復した人のことはどんどん私の記憶からは無くなっていきますが、回復しなかった5%の人のことは何時までも覚えています。またそれが私の毎日の精進の原動力にもなっています。もっと修行をしたら、そしてもっと新しい方法を開発したら良くなるのではないかと思うのですね。そしてそれを続けていくのです。死ぬ前の日までそのようにして私の毎日が終わっていくのでしょうね。こういう人生になるとは思ってもいませんでしたが、私は生きているうちに真実が分かって本当に良かったなと思います。

 

昨日の女性もそうですが、具体的な結果をもって死後の世界を肯定するようになると、本人の人生そのものが変わります。そして本人も救われます。中には具体的な結果が出ているのに、必死になってそういう次元を否定しようとする人もいます。それはその人の心の素直さ、度量の大きさによって様々です。ちっぽけな人間ほどそういうことを否定します。自分の考えに固執し、自分の理解の範囲外のことは否定したがるのです。私が知っている禅の修行者にもそういう人間が多くいました。当たり前の話ですが、心が狭く固まった人間は「この世でも、あの世でも」救われる事はありません。

 

具体的な結果が出ているならば素直にそれを受け入れるという心の境涯が自分を救う事になるのですね。私は自分の目と耳と感を信じていますので、目の前で起こることは素直に受け入れます。それがお釈迦様が説く教えに沿っているし、自然の理にも叶っているのですね。言葉や観念、思い込みではなくて、具体的な結果を出す事がお釈迦様の教えである、「衆生無辺請願度」の本当の実践だと私は思っています。

 

 

合掌

 

仏光

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