宇宙の意志の現れ | 仏光さんの心の相談室
2018-06-24 22:43:23

宇宙の意志の現れ

テーマ:宇宙

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今日は日曜日で朝の瞑想をした後、東京から参加した人と色々人生の苦労について話をしていました。出雲大社の話やその後不思議な事が起こっている話などもしました。その中で人は人生で苦しい事があると「死にたい」と思う話をしました。私も20年ほど前、本当に辛かった時は死にたいと思ったものです。その時に何故死ななかったのかと言うと、死んで今より状況が良くなるのであれば死んでもいいのですが、「今以上に悪くなる可能性もあるな」と思ったから死にませんでした。

 

今から振り返ると馬鹿なことを考えていたものだと思いますが、まあその時は本気で「死のう」と思っていたのです。もちろんまだ仏道修行などを始める前の話です。だからその時、私はその価値観において全く間違った世界観を持っていたのですね。お金や社会的地位などに価値を置いていたのです。今から考えるとチャンチャラおかしいのですが、その時はまじめにそのような価値観を持っていたのですね。

 

今ははっきりと自殺などをすると、今よりもっと悪い状況が待っているのが良く分かります。人生の苦労は期間限定の苦労です。死ねば生きている時の苦労は消滅します。ところが死んで「心のエネルギー体」になった時からの苦労は永遠の苦労になるかもしれません。10年、100年、1000年、1万年かそれ以上になるかもしれません。自殺するとたぶんそういう苦労が待っているのだと思います。

 

お祓いをしていると、何らかの「心のエネルギー体(霊)」がそこに居るのが分かります。私は何も見えたり聞こえたりしませんが、相手の体や心の劇的な変化を目の前で見ていると誰でもそう思う事でしょう。私のスタッフも最初は驚いていましたが、毎日、何年も見ていると、それが当たり前で驚く事もありません。もちろんそういう人ばかりが来るわけではありませんが、一日に数人お祓いが必要な人が居ます。

 

そういう人に憑いている「心のエネルギー体」は死んでもこの現世に留まってしまったエネルギー体です。死ねば「心のエネルギー体」として違う次元に行くのが普通なのですが、色々な執着が現世にあったり、自分勝手に生きてきたり、自分の肉体が死んだ事がうまく認識できないと、霊になっても現世に留まってしまうのではないかなと思っています。それを昔から「迷った」と言っているのでしょうね。この迷いがいつまで続くのかも分かりません。しかしここで疑問が出てきます。

 

死んでから「心のエネルギー体」が迷ったり、すっと違う次元に行けたり、「誰がそれを決めているのか?」という疑問です。何かがその人の「心のエネルギー体」を裁定していなければ、死後の方向がどうなるのか決まらないのです。では一体何が「このエネルギー体は現世に留まれ」とか「次の次元に行ける」とか決めているのでしょう?それが私の疑問でした。小さい頃に聞かされたお話では、「地獄の入り口で閻魔さんが決めている」ということになっていました。

 

もちろんそのような事を今は信じてはいません。でも最近の科学、特に量子物理学で証明されている事柄から、私は「閻魔さんはいないと思うけど、宇宙には意志がある」と思っています。それを神とか仏、天と呼んでもいいのです。私は量子物理学の分野で「量子コンピューター」が実際に稼動している事を知って宇宙には意志があると確信しました。

 

これは素粒子一個でも計算能力があるという理論に基づいて作られたコンピューターです。「そんな事があるのか!」と思いましたが、ちゃんと稼動していますね。技術的なことは良く分かりません。そしてまだまだ計算に使われている素粒子の数は少ないのですが、ある程度の計算がちゃんとできているのです。そしてその計算能力は現行のコンピューターと比べて桁違いに向上するそうです。既に量子コンピューターが普及した時のセキュリティーの問題が取り沙汰されています。「素粒子が計算できる」これには驚きました。

 

宇宙にはそれこそ無限に素粒子が存在しています。私が言っている「心のエネルギー体」も素粒子エネルギーであろうと思っています。その無限に存在している素粒子がお互いネットワークされているとすれば、宇宙全体が巨大なコンピューターであると言えるし、意志を持つことも当たり前だと思うのですね。宇宙から見ればこんなにちっぽけな人間でも意志を持っているのだから、無限の素粒子が存在する宇宙が意志を持っていても何ら不思議ではないのです。逆にこの宇宙で意志を持っているのは人間だけだと思う方が、よほど狭量で傲慢な考え方です。

 

そういう事実も知らずに、「生きている時だけが現実で、死ねば全てが終わり。だから人生を如何に生きるのか~!フニャ」と霊やあの世というものを否定し、世間体を考慮に入れながら一見全うに見えることを言っている方がおかしいと思うのですね。私も昔は坐禅をしながらそのようなおかしなことを言っていました。しかし量子物理学などで提唱されている宇宙は一つの次元ではないマルチバース理論や量子コンピューターが稼動し始めた今になって、霊や死後など違う次元を全て否定する方がよほど非科学的なのです。在るものは在るし、居るものは居るのです。

 

これはその昔、人間が「天が回っている」と天動説を信じていたのと変わりありません。なるほど観測機器を持たなかった時代の人間の感覚としては、天が回っていると感じても自然なことです。私も学校で「地動説」を学ばなければ、今でも夜空を見て「天が回っている」と思っていた事でしょう。

 

心とか死後の次元もこれと同じようなものだと思います。人間の感覚だけで決めてしまうと「死んだら全て終わり」と思っても自然なことです。また世界中どのような文化、歴史でも「霊」の存在を見た体験談や存在を示唆する話があることを考えると、死んでも心は霊(心のエネルギー体)となって残ると考えても自然なことです。実際に見たものを否定するわけにはいきません。

 

昔の人は自然に霊とか死後の世界の存在を信じていました。お釈迦様も輪廻転生と言っているので自然にそのような事を信じていたのですね。ところが19世紀頃から科学が発達して、霊を否定したり無神論者が出てきたりしたのです。これがまた量子物理学を初めとする科学の発達で将来変わる事になるだろうと思っています。

 

私の場合は実際にお祓いをした時に繰り返し目の前で起こる現象を客観的に見て「心のエネルギー体」が存在する事を知ったのですが、みんながみんなそうではないので、今のところ「人生は一回こっきりで、死ねば終わりで霊などは存在しない」というのが常識的また良識的な考えとされています。まあこれも天動説と同じようなもので将来量子物理学の発達で変わる事でしょう。

 

話が横にそれましたが、宇宙が意志を持つという考え方が量子物理学の発達で提唱されるようになってきたという事は、死んでからの「心のエネルギー体」の処遇や方向が宇宙の意志が決めていると言ってもなんら不思議では無いのですね。死んでからどうなるのかは閻魔さんではなくて、宇宙の意志が裁定していると私は思います。

 

それを昔から体験的に「神」とか「天」とか言っていたのでしょうね。まあ私にできる事は宇宙の意志がどうであれ、自分のベストを出し切って毎日生きていくことだけです。お陰様で今は何ら不安は無いし、心は最近特に平穏です。これは出雲の神様も宇宙の意志の現われだからでしょうね。

 

そして私も私自身が宇宙の意志の現れであることに気付きました。これは私にとって天動説を覆し、地動説を確立したコペルニクス的変換です。一人でも多くの人がこの事実に気付きますように。そうなればこの世から争いが無くなっていきます。出雲の神様、色々教えて頂いてありがとうございます。これからも私は宇宙の意志の現われとして生きていても、死んでいても毎日頑張りますね。

 

合掌

 

仏光

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