置かれた所で咲きなさい | 仏光さんの心の相談室
2018-02-18 21:00:48

置かれた所で咲きなさい

テーマ:心の灯火

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今日は日曜日で修行をした後、歯医者に行ってきました。歯だけは歯医者さんに診て貰わないと自分ではいた仕方ありません。そのお陰で久しぶりにゆっくりした日曜日になりました。水泳も行かず、家でオリンピックを見ていました。昨日のフィギュアースケートの羽生選手と宇野選手のワンツウフィニッシュは凄かったですね。特に羽生選手の演技は鬼気迫るというか、凄いと思いました。こんなフィギュアースケートは今まで見た事がないと感動しました。

 

それに対し世界各国のメディアが素晴らしい評価をしているのもいいなと思いました。国家を超えて、民族を超えて、やはり凄いものは凄いのです。今の私は勝負にこだわるということはありませんが、自分が持っている力を全力で出し切る姿には結果がどうであれ感動します。これは別にオリンピックだけではなくて、その人が持っている力を出し切って何かをしている姿には、その結果がどうであれ私は感動を覚えます。この世に生まれてきて持てる力を出し切っているなと思うのですね。それが今を生きるということです。

 

人間はみな平等には生まれてきません。健康に生まれてくる人も居れば、遺伝病などの病気を持って生まれてくる人も居ます。金持ちの家に生まれたり、貧乏な家に生まれたりします。容姿が良かったり悪かったりということもあるでしょう。持って生まれてくる才能にしても千差万別です。それらを見比べて良いとか悪いとか言っているのはあまり意味がないことです。今の私は競い合う事が好きではないので、それらを比べて1位、2位・・・と順番を付けていくのが嫌いなのですね。

 

私も昔は国体やインターハイに出場していたアスリートだったので勝負にこだわっていましたが、仏道修行を始めてからは、人と人を比べ合うのにどれだけの価値があるのだろうと思うようになりました。そんな事は止めにして、その人その人がしっかり人生を生きていくことの方がよほど大切だと思うのですね。元々もって生まれてくるものや環境が違うのだから、人と比べあって優越感に浸ったり、また劣等感に苛まれたりするのが人生にとってどれほどの意味があるのだろうと思うのです。

 

もちろん自分が怠けていて悪い境遇に置かれているというのは自業自得ですが、自分が持てる力を出し切って生きているのなら、結果がどうであれそれで充分だと私は思います。私の知人の女性に生まれつき大変体の弱い人が居ます。私は彼女が言った言葉を忘れる事ができません。彼女は「私は弱い馬(身体)に乗ってこの世に生まれてきました。それが私の定めだったのです。私はこの弱い馬(身体)をいたわりながら行ける所まで行ってみます。」と言われました。

 

私はその言葉を聞いた時、涙が出てきました。これこそが生まれ持ったものが千差万別でも、また他の人と比べて劣っていたとしても、それをものともせずに生きていく姿勢だと思ったからです。今でも思い出すと涙が出てきます。私は両親のおかげで強い身体に生まれてくる事ができました。その強い身体が当たり前になって不摂生により、遺伝的なものがあったとしても、食べ過ぎて糖尿病になり高血圧になりました。仕事の忙しさにかまけて運動もしていませんでした。そこには強い身体に対する驕りがあったのです。自業自得ですね。

 

最近気付いた事ですが、私は人とは違った才能を持って生まれて来ました。その才能は「天」が私の使命を果たすために与えたものです。私が今、世間とはちょっと離れた分野で毎日自分ができる事を精一杯するのは、その使命を果たすためだと思っています。明日死んでも何の後悔もありませんが、明日死ぬかもしれない身体をどうして今日一生懸命鍛えるのかと言うと、死ぬ前の日まで私が私の使命を果たすためです。持って生まれたものを私なりにこの世で活かすためには、できる事は精一杯しなければならないのですね。それがまた楽しいと思えるから幸せです。お陰さまで糖尿病も高血圧も一かけらの薬を飲むこともなく完治しました。

 

また一生懸命自分がしなければならない事をした結果を特に世間に認めて貰いたいとも私は思いません。求めて貰っても、貰わなくても、そんなことはどうでも良いのです。世間的な観点からは人生で色々な事があったにしても、私は仕事でも米国上場企業の役員になって世界中を飛び回ってビジネスをしたり、自分で起業した事業も軌道に乗ったり、また仏道に関する本も日本語だけではなく、外国語でも何冊か出版できたり、社団法人を設立して合掌瞑想を教えることができたりして、社会的にも物質的にも精神的にも、もう既に充分報われていると思います。

 

今死んでも世間的な意味では充分報われた人生です。だから私自身の事はもうどうでも良いのだけれども、何故か理由は分かりませんが、天は私に人とは違った才能を与えたのです。それを思う時、私は私にできる最大限のことを自分に与えられた力と時間で、既に報われている私のためにではなく、この世で毎日していかなければならないなと思うのですね。それで人に喜んで頂けるのなら本当にもうそれで充分過ぎるくらい充分です。

 

弱い馬に乗っても、強い馬に乗っても、自分に与えられた力を最大限に活かす事が、結果がどうであれ、この世で私たちが果たさなければならない使命だと思います。「置かれた所で咲きなさい」という有名な言葉があります。どのような才能、どのような環境に生まれるのかは自分では決められませんが、人と比べることなく、結果はどうであれ、与えられた場所で、与えられた力で精一杯頑張って自分の人生の花を咲かせていくのが私たちのしなければならない事だと思いますよ。それが生きるということですね。

 

合掌

 

仏光

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